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いつも通りに起きて軽い仕事をして、午後を勉強に費やす。
たまに外に出ては幸江と話すのが日課になった。
暑い。蝉の声が耳の奥に響いて五月蝿い。八百屋の女将が水を桶から撒いている。
飛び散る水で変色する地面を今更ながらまじまじと見つめた。
「今日も暑いね」
ふと木の後ろから幸江が現れた。
白いワンピースを着て髪はひとつに纏められている。
「まぁ。」
「あれ?実家の方ってあったかかったっけ?」
「いや、寒い」
「そうだよね。大丈夫?慣れてない?」
「いや、慣れた。」
「そ」
寒いのは嫌いだ。嫌な事を思い出す。
日本は暖かい。冬もあんなに寒くない。
今更実家に帰ろうだなんて考えられない。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
「なに?」
「もし、もしだよ?」
「私がお嫁さんになるっていったらどう思う?」
「は?」
頭が止まった。いや動いたと言ったほうが正しいのだろうか。眼の奥がぐるぐるする。あれだけ五月蝿いと感じた蝉の声が遠くに聞こえる。胸が痛い。苦しい。分からない。焦る必要など微塵も無いのは分かっているのに、焦った様に心臓が波打つ。何か言わないと。不自然だ。
「…いや、何も」
「…そう?少しは寂しがって欲しかったのに」
彼女はそう言って不貞腐れた様に頬を膨らませた。
家に帰ってから机の前には行かずそのまま床に座り込んだ。
「冗談であってくれ…」
嫌な夢を見た。また人が離れて行く夢を。
そうだ、自分はあの人が好きなのだ。当たり前の様な事を今更自覚し直す様に自分に云う。好きなら、例え隣が自分では無かろうと幸せを願うべきだと。
夜、嫌な夢を見た。懐かしく、苦しい夢。