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第18話「エルフは会社を辞めなければならない?」
午前八時五十五分。
営業企画部。
森野リリカはいつも通り出社した。
「おはようございます」
「おはよう」
田中美咲が振り返る。
「森野さん、見た?」
森野の動きが止まる。
「何をですか?」
「昨日のエルフ動画」
「……見てません」
ぴく。
「めちゃくちゃ伸びてるよ」
田中がスマートフォンを見せる。
再生数。
三十二万。
「すごくない?」
「そうですね」
「しかも、この人」
田中が画面を拡大する。
森野本人。
寝起き。
長い耳。
「やっぱり森野さんに似てる」
「他人です」
ぴく。
「顔そっくり」
「よくある顔です」
「森野さんみたいな美人、そんなにいないよ」
ぴく。
「今、ちょっと嬉しかった?」
「何の話ですか」
相沢は離れた席から見ていた。
笑えない。
今夜。
緊急会議。
森野が人間社会に残れるかどうか。
それが話し合われる。
神崎レオンが出社する。
「おはようございます」
森野を見る。
目が合う。
二人とも。
何も言わない。
午前十時。
三人で小会議室。
神崎がスマートフォンを置く。
「四十一万」
森野がため息をつく。
「増えてますね」
「転載が七件」
「七件?」
「海外にも一つ」
相沢が聞く。
「海外?」
「はい」
「何て?」
神崎が画面を見る。
「リアルエルフ発見」
森野が机に突っ伏した。
「終わりました」
「まだ終わってない」
相沢が言う。
「終わってます」
「顔がはっきり映ってる?」
「転載動画によっては」
神崎が答える。
「かなり」
「会社まで特定される?」
「現時点ではされてません」
「じゃあ」
森野が顔を上げる。
「時間の問題です」
沈黙。
相沢が聞く。
「今夜の会議って、何を決めるの?」
神崎が答える。
「いくつかあります」
「例えば?」
「動画への対応」
「うん」
「リリカの身元保護」
「うん」
「人間社会から一時的に離れる必要があるか」
相沢は神崎を見る。
「離れるって?」
「仕事を辞める」
森野が言った。
相沢は森野を見る。
「辞めるの?」
「まだ決まってません」
「どこへ行く?」
「エルフの里か」
少し間。
「海外」
「どのくらい?」
「分かりません」
「一年?」
「場合によっては」
森野は静かに言った。
「十年くらい」
相沢は言葉を失った。
十年。
エルフには。
短いのかもしれない。
でも。
相沢には。
長い。
「十年って」
「はい」
「俺、四十一になるよ」
「はい」
森野の耳が。
少し下がる。
「戻ってきたら森野さんは?」
「百五十三です」
「十しか増えないんだ」
「十年なので」
「そうだけど」
神崎が言う。
「まだ決まってません」
相沢は黙る。
仕事に戻る。
しかし。
集中できない。
午後零時。
昼休み。
森野からチャット。
『屋上に来られますか』
相沢は立つ。
屋上。
誰もいない。
森野がいた。
風が強い。
髪を押さえている。
「寒いね」
「少し」
「どうした?」
森野はすぐ答えない。
「相沢さん」
「うん」
「もし」
また。
最近この言葉が多い。
「私が会社を辞めることになったら」
「うん」
「どうします?」
「どうするって?」
「十年くらい」
「待つかって?」
「はい」
相沢は黙る。
森野が言う。
「すぐ答えなくていいです」
「待てない」
森野の顔が止まった。
耳も。
止まった。
「……そうですか」
「十年なんて待てない」
「はい」
森野が下を見る。
相沢は続ける。
「だから一緒に行く」
森野が顔を上げる。
「え?」
「行けるなら」
「どこへ?」
「森野さんが行くところ」
「会社は?」
「辞める」
「駄目です!」
即答。
「何で?」
「何でって」
「森野さんは辞めるんだろ?」
「私は仕方なくです」
「俺も仕方なく」
「仕方なく恋人について会社辞める人います?」
「いるんじゃない?」
「簡単に言わないでください!」
森野が怒る。
耳が激しく動く。
「仕事、大事でしょう?」
「大事」
「だったら」
「森野さんも大事」
ぴく。
森野が止まる。
「そういうこと」
「……」
「急に言わないでください」
「今言うところだろ」
森野は顔をそらした。
「でも」
「うん」
「一緒には来られません」
「何で?」
「人間は入れない場所があります」
「集会は入れた」
「あれは特例です」
「じゃあ海外」
「観光じゃないんですよ」
「分かってる」
森野はしばらく黙る。
「嬉しいですけど」
「うん」
「駄目です」
「じゃあ待つ」
「十年?」
「できるだけ」
森野が笑う。
「さっき待てないって」
「気が変わった」
「三十秒で?」
「人間は寿命短いから判断が早いんだよ」
森野が吹き出した。
「何ですか、それ」
「エルフには分からない」
「便利ですね、人間」
「便利です」
二人で笑う。
少しだけ。
気持ちが軽くなる。
午後六時。
仕事終了。
今日は三人で会社を出る。
相沢。
森野。
神崎。
電車。
郊外へ。
前に来た。
地域交流文化センター。
入口。
看板。
『自然文化研究会 臨時会合』
相沢が言う。
「相変わらず普通だね」
森野が言う。
「何を期待してるんですか」
「緊急会議だから地下神殿とか」
「ありません」
「森の奥とか」
「蚊がいます」
「エルフなのに」
「エルフも刺されます」
会議室。
今日は前回より多い。
五十人ほど。
若く見える者。
老人に見える者。
スーツ。
私服。
普通の人間にしか見えない。
ただし。
室内に入ると。
何人かが耳の特殊化粧を落とす。
長い耳が現れる。
相沢は何度見ても不思議だった。
前方。
榊原。
四百八十二歳。
「始めましょう」
室内が静かになる。
スクリーン。
例の動画。
再生される。
森野が小さく言う。
「もう見たくありません」
相沢が小声で返す。
「俺も」
榊原が言う。
「現在、合計再生数は約九十二万」
森野が固まる。
朝より増えている。
「転載は国内外合わせて二十三件」
会場がざわつく。
「現段階では」
榊原が続ける。
「大多数が特殊メイク、コスプレ、映像加工と認識しています」
少し安心。
「しかし」
来た。
「一部で、本物ではないかという分析が始まっています」
スクリーン。
耳の付け根。
拡大。
別の画像。
動き。
骨格。
相沢にはよく分からない。
しかし。
詳しい人間には。
不自然さがないこと自体が。
不自然らしい。
一人のエルフが手を上げる。
「本人の身元特定は?」
榊原。
「まだです」
別の者。
「時間の問題では?」
「その可能性はあります」
「会社を休ませるべきです」
「移住させるべきでは?」
「少なくとも数か月」
「国外が安全です」
森野は黙って聞いている。
相沢の胸が重くなる。
榊原が森野を見る。
「森野さん」
「はい」
「あなたの希望は?」
森野は立つ。
「会社に残りたいです」
即答。
会場がざわつく。
「理由は?」
「仕事が好きだからです」
誰かが聞く。
「それだけ?」
森野は少し考える。
「それと」
相沢を見る。
一瞬。
「人間社会に」
また前を見る。
「私の生活があるからです」
会場が静かになる。
「私は百年以上、人間の社会で暮らしてきました」
森野が続ける。
「何度も名前を変えました」
相沢が初めて聞く話だった。
「住む場所も変えました」
「……」
「職場も変えました」
「……」
「でも」
森野は言う。
「今の生活を、動画一本で全部捨てたくありません」
耳は動かない。
本気。
榊原が聞く。
「危険を理解していますか?」
「はい」
「会社が特定されれば?」
「辞めることも考えます」
「住居が特定されれば?」
「引っ越します」
「あなたがエルフだと証明されれば?」
森野は。
少し黙った。
「そのとき考えます」
一人が言う。
「遅い!」
空気が変わる。
年配に見える男性エルフ。
「我々全体の問題だ」
「分かっています」
「分かっていない!」
男が立つ。
「人間は興味を持てば追いかける!」
森野は黙る。
「研究対象になる!」
別の者。
「政府も動くかもしれない」
「報道も」
「他のエルフまで探される」
会場がざわつく。
相沢は。
何も言えない。
人間だから。
彼らが人間を怖がる理由を。
完全には否定できない。
榊原が手を上げる。
静かになる。
「相沢さん」
突然。
呼ばれた。
「はい」
「あなたはどう思いますか?」
全員が相沢を見る。
五十人のエルフ。
怖い。
「俺ですか?」
「はい」
相沢は立つ。
何を言えばいい。
考える。
そして。
「分かりません」
会場が少しざわつく。
「俺は人間なので」
相沢は言う。
「皆さんがどのくらい怖いのか」
「……」
「全部は分かりません」
榊原は黙って聞いている。
「でも」
相沢は森野を見る。
「森野さんが会社を辞めたくないことは分かります」
「……」
「毎朝会社に来て」
「……」
「普通に仕事して」
「……」
「昼飯食べて」
「……」
「帰る」
森野の耳が少し動く。
「それが好きな人です」
一人が言う。
「だから危険を冒す?」
「俺には決められません」
相沢は答える。
「森野さんの人生なので」
森野が相沢を見る。
「ただ」
「……」
「本人が残りたいと言ってるのに」
相沢は言った。
「エルフだからという理由だけで、本人以外が全部決めるのは」
少し間。
「違う気がします」
静かになる。
神崎が。
少し笑った。
榊原は長く黙る。
そして。
「休憩にしましょう」
三十分後。
会議再開。
榊原が立つ。
「結論です」
相沢の心臓が速くなる。
森野も。
両手を膝の上で握っている。
「森野リリカについて」
一拍。
「現時点で、人間社会からの退去は求めません」
森野が息を吐いた。
相沢も。
「ただし」
条件。
「動画の拡散状況を七日間監視します」
「はい」
「身元特定の兆候が出た場合、再度判断します」
「はい」
「そして」
榊原が相沢を見る。
「相沢さん」
「はい」
「引き続き」
少し笑う。
「森野さんの監視をお願いします」
相沢が止まる。
森野も止まる。
神崎が笑う。
相沢が聞く。
「監視?」
「以前と同じです」
森野が言う。
「もう恋人です」
会場が静かになる。
森野。
「あ」
相沢。
「あ」
神崎が顔を伏せる。
榊原が聞く。
「恋人?」
森野の耳が。
猛烈に動き始める。
「違います!」
ぴくぴくぴく。
相沢が言う。
「いや、そこ否定するの?」
「今は違うって言うところです!」
「付き合ってるじゃん」
「相沢さん!」
会場のあちこちから。
笑い声。
榊原も笑っている。
「なるほど」
森野は両手で顔を覆う。
「最悪です……」
榊原が言う。
「では」
「……」
「監視ではなく」
少し間。
「交際を続けてください」
会場がまた笑う。
「榊原さん!」
会議終了。
午後九時半。
外へ出る。
夜風。
森野が言う。
「疲れました」
「俺も」
「会社は辞めなくてよくなりました」
「よかった」
「はい」
二人で歩く。
神崎は少し後ろ。
相沢が森野の手を握る。
森野も握り返す。
「七日間か」
相沢が言う。
「はい」
「何もなければ?」
「たぶん大丈夫です」
「じゃあ一週間」
「はい」
森野が笑う。
「普通に会社へ行きます」
「月曜も?」
「もちろん」
「やっぱり変わってる」
「失礼です」
そのとき。
神崎のスマートフォンが鳴った。
神崎が見る。
足が止まる。
「どうした?」
相沢が聞く。
神崎は答えない。
「レオン?」
森野が振り返る。
神崎が画面を見せる。
そこには。
SNSの投稿。
一枚の画像。
ホテルの動画から切り出された。
森野の顔。
そして。
その隣に。
別の写真。
会社のホームページに掲載されている。
営業企画部の集合写真。
赤い丸で囲まれている。
森野リリカ。
投稿文。
『この二人、同一人物じゃない?』
森野の手が。
相沢の手の中で。
強く握られた。
再生動画の問題は。
終わっていなかった。
むしろ。
ここからだった。
コメント
1件
うわああ第18話読み終えたよ…!!😭💕💕 屋上のシーン、めっちゃ良かった…!「待てないから一緒に行く」って相沢さんが言うところ、もう胸がギュッてなったよ…!でも森野さんが「駄目です!」って即座に止めるのがまたエルフと人間の寿命の違いを感じさせて切なかった…!!✨ そして会議での「もう恋人です」→「違います!」の流れ、笑ったww 耳ぴくぴくがエモすぎるんだが?!🐰💕 最後のSNSのやつ…まさかホテルの動画から会社の写真まで特定されるとは思わなかった…!一週間監視って言ってたばかりなのに、ここからどうなるの?!続き気になりすぎる…😭🔥🔥