テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第19話「会社のホームページからエルフが特定されました」
午後九時三十八分。
地域交流文化センターの前。
相沢直人。
森野リリカ。
神崎レオン。
三人はスマートフォンの画面を見つめていた。
投稿には二枚の画像。
一枚目。
ホテルで撮影された森野。
長い耳が完全に出ている。
二枚目。
会社のホームページ。
営業企画部の集合写真。
その中の森野。
赤い丸。
そして。
『この二人、同一人物じゃない?』
森野が言った。
「終わりました」
相沢が答える。
「まだ終わってない」
「今度こそ終わりました」
「名前は?」
神崎が画面を見る。
「まだ書かれてません」
「会社名は?」
「リンクがあります」
森野が両手で顔を覆う。
「完全に終わりました」
「だからまだ」
「会社まで特定されたんですよ!」
確かに。
かなりまずい。
投稿。
いいね。
四百八十二。
リポスト。
百三十一。
コメント。
増えている。
『似てる』
『本人じゃない?』
『会社のイベントでコスプレしてたとか?』
『耳どうなってるんだ』
『顔一致してる気がする』
そして。
『会社に問い合わせてみようかな』
森野が固まった。
「それはまずい」
相沢が言う。
「明日、電話来ます」
神崎も表情が変わる。
「会社に連絡しましょう」
「今から?」
「今のうちです」
神崎が部長へ電話する。
午後九時四十三分。
『もしもし』
「神崎です。夜分すみません」
『どうした?』
「例のエルフ動画ですが」
森野が目を閉じる。
『ああ』
「会社が特定されました」
沈黙。
『え?』
「営業企画部の集合写真と比較されています」
『ちょっと待って』
部長の声が変わる。
『森野さん?』
神崎は森野を見る。
森野が電話を受け取る。
「はい」
『動画の人、森野さんなの?』
「……」
相沢は息を止める。
森野は答えた。
「私です」
『やっぱり』
「すみません」
『いや、謝らなくていいけど』
少し間。
『あの耳、どうなってるの?』
森野が相沢を見る。
神崎を見る。
二人とも答えられない。
「それは」
『特殊メイク?』
森野の耳が。
ぴく。
「……はい」
ぴく。
部長には見えない。
『そうだよな』
森野が胸を押さえる。
『とりあえず明日、広報と相談する』
「はい」
『森野さんは普通に出社できる?』
森野は少し黙る。
「出社します」
即答だった。
『分かった。気をつけて来て』
「ありがとうございます」
電話終了。
森野がスマートフォンを神崎に返す。
「嘘つきました」
「仕方ないよ」
相沢が言う。
「部長に」
「うん」
「ずっと良くしてもらってるのに」
「今は言えないだろ」
森野は黙る。
神崎が言う。
「一度帰りましょう」
三人は駅へ向かう。
電車。
途中で神崎と別れる。
相沢と森野。
二人。
いつもなら手をつなぐ。
今日は。
森野が先に握った。
強く。
「怖い?」
相沢が聞く。
「はい」
耳は動かない。
「明日、会社行く?」
「行きます」
「休んでもいいんじゃない?」
「嫌です」
「でも」
「逃げたと思われます」
「誰に?」
森野は少し考える。
「自分に」
相沢は何も言わなかった。
駅。
森野のマンションまで送る。
玄関前。
「相沢さん」
「何?」
「明日」
「うん」
「もし会社の前に人がいたら」
「一緒に入ろう」
「でも相沢さんまで」
「恋人だろ」
ぴく。
今日初めて。
森野の耳が。
少し元気に動いた。
「その言葉」
「何?」
「今日は助かります」
翌朝。
午前八時二十分。
会社最寄り駅。
相沢は森野を待つ。
八時二十五分。
森野が来る。
いつものスーツ。
いつもの巻いた髪。
いつもの森野。
「おはよう」
「おはようございます」
「寝た?」
「二時間くらい」
「俺も」
二人で会社へ向かう。
角を曲がる。
会社のビルが見える。
そして。
入口。
「……」
森野が止まる。
三人いる。
スマートフォンを持った若い男女。
会社入口を見ている。
一人が言った。
「あ」
森野を見る。
「動画の人じゃない?」
相沢の背中が緊張する。
森野も止まる。
女性がスマートフォンを向ける。
「すみません!」
相沢が森野の前に出る。
「撮影やめてもらえますか」
「本人ですよね?」
「違います」
「ホテルのエルフの人」
「違います」
森野は何も言わない。
男性が聞く。
「耳見せてもらえません?」
相沢が低い声で言う。
「会社の前です。やめてください」
そのとき。
ビルの中から部長が出てきた。
「相沢君、森野さん」
警備員も一緒。
「入って」
二人は急いで中へ入る。
自動ドアが閉まる。
外からスマートフォンを向けられる。
森野は下を向いている。
「大丈夫?」
部長が聞く。
「はい」
「広報が対応する」
「すみません」
「謝らなくていい」
部長は言った。
「コスプレしたくらいで会社辞めさせたりしないから」
森野が一瞬。
苦しそうな顔をした。
「……ありがとうございます」
午前九時。
営業企画部。
全員が森野を見る。
田中が駆け寄る。
「大丈夫?」
「はい」
「ネット見た」
「そうですか」
「会社特定されてる」
「はい」
田中は声を落とす。
「本当に森野さんだったんだね」
「……はい」
「何でホテルでエルフの格好してたの?」
「趣味です」
ぴく。
「へえ」
田中は笑った。
「意外」
「そうですか?」
「森野さん、コスプレとか絶対しなそうだから」
「たまにします」
ぴく。
相沢は耳を見る。
嘘が増えている。
午前十時。
広報から指示。
会社ホームページの営業企画部集合写真を一時非公開。
問い合わせには。
『社員のプライバシーに関する質問には回答できません』
で統一。
午前十一時。
電話。
三件。
午後零時。
七件。
午後一時。
十五件。
「本当にエルフが働いてるんですか?」
「耳は本物ですか?」
「取材できますか?」
「本人と話したい」
広報がすべて断る。
午後二時。
会社入口。
十人。
午後三時。
十五人。
警備員が増える。
森野は仕事を続けている。
資料。
メール。
電話。
いつも通り。
しかし。
相沢には分かる。
耳が。
一度も動かない。
午後四時。
田中が森野の机へ来た。
「森野さん」
「はい」
「ちょっといい?」
「何ですか?」
「屋上」
二人が出ていく。
相沢は気になる。
しかし。
ついてはいけない。
十五分。
森野が戻る。
目が少し赤い。
相沢が立つ。
「森野さん」
「大丈夫です」
「田中さんと何話した?」
「あとで」
仕事終了。
午後六時半。
会社裏口。
今日は警備員に案内される。
相沢と森野。
裏から出る。
駅とは反対方向へ歩く。
人がいないところまで来る。
「田中さんと何話したの?」
相沢が聞く。
森野は少し黙る。
「聞かれました」
「何を?」
「本当にコスプレなの、って」
相沢が止まる。
「何て答えた?」
「コスプレですって」
「信じた?」
「たぶん」
森野は歩く。
「でも」
「うん」
「田中さんが言ったんです」
「何て?」
森野は少し笑う。
「もし本当にエルフでも」
「……」
「別に森野さんは森野さんだから、って」
相沢は黙った。
どこかで。
聞いた言葉だった。
「それで泣いた?」
「泣いてません」
ぴく。
「泣いたんだ」
「少しです」
二人で歩く。
相沢が手を出す。
森野が握る。
「会社の人」
森野が言う。
「いい人ばかりですね」
「そうだね」
「だから」
少し間。
「嘘をつくのが嫌になってきました」
相沢が森野を見る。
「言うの?」
「分かりません」
「本当のこと」
「分かりません」
森野の耳は動かない。
本当に迷っている。
「私だけの秘密なら」
「うん」
「言いたいです」
「でも?」
「他のエルフがいます」
神崎。
榊原。
母親。
親族。
名前も知らない多くのエルフ。
「私が勝手に言えば」
森野が言う。
「みんなに影響します」
「そうだね」
「だから」
「うん」
「私だけでは決められません」
その夜。
午後八時十五分。
森野のマンション。
相沢もいる。
テレビはつけていない。
二人で夕食。
簡単なうどん。
森野はあまり食べない。
スマートフォンが鳴る。
神崎。
森野が出る。
「もしもし」
『リリカ』
「何?」
『集会側で話がまとまりました』
「何が?」
『動画について』
森野の表情が変わる。
「どうするの?」
『一つ案があります』
「何?」
神崎は少し言いにくそうだった。
『本物だと認める案です』
森野が固まった。
相沢も。
「……何?」
『正確には』
神崎が続ける。
『森野リリカ個人だけが、エルフであることを公表する』
「待って」
『他のエルフについては一切答えない』
「そんな」
『その代わり』
「何?」
『今後、隠さなくていい』
森野は自分の耳に触れた。
『髪を巻く必要もない』
「……」
『特殊メイクも』
「……」
『嘘も』
森野は何も言えない。
神崎が言う。
『もちろん、リリカが嫌ならやらない』
「……」
『決めるのはリリカです』
電話が切れる。
部屋が静かになる。
相沢が聞く。
「どうする?」
森野は長い間。
答えなかった。
そして。
ゆっくり。
髪を耳の後ろへかけた。
長い耳が現れる。
「私」
「うん」
「ずっと」
耳に触れる。
「これを隠して会社へ行ってたんですよね」
「うん」
「毎朝、一時間近くかけて」
「そんなに?」
「湿気の日はもっとです」
「大変だ」
森野は少し笑う。
「もし」
「うん」
「明日から隠さなくていいなら」
相沢は待つ。
森野の耳が。
ゆっくり。
上がった。
「少しだけ」
森野は言った。
「楽かもしれません」
翌朝。
午前七時。
森野リリカは鏡の前に座っていた。
ヘアアイロン。
いつもなら。
ここから髪を巻く。
右。
左。
耳を隠す。
百回以上繰り返してきた朝。
森野は。
ヘアアイロンを手に取った。
しばらく見る。
そして。
置いた。
髪をとかす。
それだけ。
長い耳は。
そのまま。
鏡に映っている。
午前八時二十五分。
相沢が駅で待つ。
人混み。
森野が来る。
相沢は。
言葉を失った。
髪はストレート。
耳は。
隠していない。
完全に出ている。
通行人が振り返る。
一人。
二人。
三人。
スマートフォンを見る人もいる。
森野は相沢の前で止まった。
「おはようございます」
「……おはよう」
「変ですか?」
「いや」
「見すぎです」
「だって」
相沢は笑った。
「会社でその耳見るの初めてだから」
ぴく。
耳が動く。
通行人が驚く。
「動いた」
誰かが言った。
森野は。
もう隠さなかった。
「行きましょう」
「うん」
二人で会社へ向かう。
会社入口。
人がいる。
カメラ。
スマートフォン。
森野が一瞬止まる。
相沢が手を差し出す。
「会社まで?」
「今日はいいだろ」
森野は。
その手を握った。
そして。
長い耳を出したまま。
会社の入口へ。
歩き始めた。
コメント
1件
読み終わりました…第19話、めちゃくちゃ重かったです🥀 会社まで特定されて、入口に人が集まってる描写、森野さんの耳がずっと動かないところが切なくて。でも部長が「コスプレくらいで辞めさせない」って言ってくれたの、優しさが沁みました。 田中さんの「エルフでも森野さんは森野さん」、あれ相沢さんも前に言ってた言葉ですよね…大事なことだなって思いました。 最後、耳隠さずに会社へ歩いていく森野さん、そして手を握る相沢さん。泣きそうになりました。続き、すごく気になります🌙