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今回も読みにくいよぉ
あの地獄のような夜を経て、めめの心は完全に壊れてしまった。何も映さない虚ろな瞳、反応のない身体。彼は今、精神病棟の真っ白な個室で、ただ静かに横たわっている。
照も阿部も、自分たちの執着が彼を壊したという現実に直面し、近寄ることさえ許されない。そんな中、面会謝絶の病室に忍び寄る影があった。
病室のドアが静かに開く。入ってきたのは、あの日からずっと後悔の念に焼かれていた康二だった。
(あるいは、この状況をすべて終わらせようと決意した照か、歪んだ愛を貫こうとする阿部か……ここでは康二と仮定します)
「……めめ、迎えに来たで」
康二が呼びかけても、めめは窓の外を見つめたまま、瞬きひとつしない。その姿は、まるで魂を抜かれた精巧な人形のようだった。
康二は震える手で、めめの細くなった指を握る。
「ごめんな、守るって言ったのに。俺も……あいつらと同じことした。でも、もう二度と離さへん。ここにおったら、またあいつらに見つかってまう」
康二はめめに無理やり服を着せ、車椅子に乗せて夜の病院を抜け出す。看護師の目を盗み、冷たい夜風が吹く駐車場へ。
病院の通用口から吹き抜ける夜風は、雨を含んでひどく冷たかった。
康二は自分の上着をめめに着せ、車椅子を急がせる。車椅子に乗っためめは、まるで魂をどこかに置き忘れてきたかのように、されるがままに揺れていた。
「すぐやからな、めめ。もうすぐ、誰も追ってこおへんところに行けるから……」
康二が震える手で車のドアを開けようとした、その時だった。
「……勝手なことすんなって言っただろ、康二」
背後から響いたのは、地を這うような低い声。
振り返ると、街灯の逆光を背に、岩本照が立っていた。雨に濡れた黒い髪が額に張り付き、その瞳は見たこともないほど冷酷な光を宿している。
「照くん……」
「そいつを車に乗せる前に、その手を離せ。それは俺のモンだ」
照が一歩踏み出すたびに、アスファルトを叩く雨音が激しさを増すような気がした。康二は咄嗟にめめの前に立ち塞がり、細い肩を抱き寄せる。
「……モンやない。めめは、照くんの道具やない!」
「道具だよ。俺が好きな時に抱いて、好きなように壊していい、俺専用のな。……阿部に汚されたのは計算外だったけど、それも含めて、目黒は俺がいなきゃ生きていけない身体なんだよ」
照の口から溢れる残酷な言葉に、康二の視界が怒りで赤く染まる。
「最低や……。めめが、どんな思いでアンタの隣にいたか、考えたことあんのか! 照くんに愛されたくて、ボロボロになっても笑ってたんやぞ!」
「だから何だよ? その結果がこれだろ。心が壊れて、俺がいなきゃ呼吸の仕方も忘れる人形になった。……最高じゃねぇか。これでもう、誰にも渡さなくて済む」
照の手が、強引に康二を突き飛ばしてめめの腕を掴んだ。
「っ、離せ!」
康二は必死に照の腕に縋り付く。かつて尊敬していたリーダーの、鋼のような筋肉が今は憎しみでしかなかった。
「嫌や……! めめを連れて行かせへん! 俺が、俺が一生かけて、この心の傷を埋めるんや! 照くんの代わりに、俺が愛するんや!」
康二の叫びが夜の駐車場に虚しく響く。
しかし、照は康二を冷たく一瞥すると、空いた方の手で康二の胸ぐらを掴み、車のボディに叩きつけた。
「愛? お前みたいな甘い奴に、何ができるんだよ。……おい、目黒。お前もそう思うだろ?」
照が、虚空を見つめるめめの耳元で、毒を吐くように囁く。
「誰が一番お前を気持ちよくしてやった? 誰に抱かれている時が、一番生きてる実感がした? ……ほら、言ってみろ」
その時だった。
ピクリとも動かなかっためめの指先が、幽霊のように微かに震え、自分を抱きしめようとする康二の手を……拒絶するように払いのけた。
「……あ、る……くん……やめて……っ」
雨音にかき消されそうなほど小さな、掠れた声。
めめが必死に絞り出したのは、愛の告白などではなく、魂の底からの拒絶だった。
「ひかるくん、……もう、いや……やめて……」
震える唇で繰り返される「拒絶」の言葉。
けれど、降りしきる激しい雨と、あまりの自尊心の高さが、照の耳に届くはずの真実を歪ませた。
照の動きが一瞬止まる。だが、彼はそれを「自分を求めて縋り付いている」と脳内で変換し、さらに強くめめを抱きしめた。
「……あぁ、わかってる。もうどこにも行かせないからな、目黒」
照はめめの絶望に気づかないまま、満足げに車へと彼を押し込む。
ドアが閉まる直前、めめの虚ろな瞳と、地面に膝をついた康二の目が一瞬だけ合った。
(めめ、今……『やめて』って言ったん……?)
康二の耳には、確かに届いていた。
めめが助けを求めていたことも、照がそれを都合よく聞き違えていることも。
「待って! 照くん、待ってや! めめは嫌がってる! 行かんといて!」
康二は泥にまみれながら立ち上がり、走り出した車を追いかける。しかし、無情にもテールランプは夜の闇に吸い込まれ、康二の手が届くことはなかった。
【照の自宅にて】
冷たい静寂に包まれたリビング。照はめめをソファに横たえると、濡れた髪を愛おしそうに撫でる。
「やっと二人きりだな。病院なんて不潔な場所に置いて悪かった」
めめは、照の指が肌に触れるたびに、ビクリと身体を震わせる。その拒絶の反応さえ、照には「自分に感じている証拠」にしか見えていない。
「……や、めて……ひかるくん、おねがい……」
涙を流しながら繰り返される懇願。照はその涙を親指で拭い、めめの耳元で低く、優しく囁いた。
「おねがいの続きは、寝室で聞かせてやるよ。……お前が二度と、あんな弱音を吐けないくらいに可愛がってやるから」
壊れためめの心と、愛し方を間違えた照の狂気。
そして病院に取り残され、真実を知りながらも何もできなかった康二の絶望。
三人の運命は、もう後戻りのできない深淵へと加速していく――。
篝火
