加藤純一は、恐れを知らぬ男だった。
配信を終え、喉を鳴らしながらリビングへ戻ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
――家族が、いない。
母・サザエさんの笑い声も、父・ホリエモンの小言も、妹・リザードンの甲高い鳴き声すらも。
なのにテーブルにはまだ温かいご飯が並んでいた。つい先ほどまで、確かに皆が食卓を囲んでいたはずなのに。
「……おいおい、なにこれ。ドッキリか?」
彼の心臓は早鐘を打ちながらも、奇妙な期待感に駆られていた。玄関を蹴飛ばすように開け、外へ飛び出す。
そこで目にしたのは、明らかに“異常”な世界だった。
空気は重く、湿り気を帯びながらもどこか力強い。目に映る文字は日本語に似ているが、ひらがなとカタカナがねじれて融合したような奇怪な線。聞こえてくる声は日本語のようで、日本語でない。
普通なら恐怖で足がすくむ場面だ。だが加藤純一は違った。
「おもしれぇ……!」
ワクワクが、恐怖を凌駕していた。
人間らしき者たちに声をかけると、彼らは笑顔で数秒アイコンタクトを交わし、手招きしてどこかへ案内する。
その笑顔が、気味が悪かった。
道行く者たちの視線はすべて彼に向けられ、誰一人としてまばたきをしない。じっと見つめ、口元だけを吊り上げている。
背筋に冷たいものが走る。
「……やべぇとこ来ちまったかもな」
強がるように心の中で呟いた。
辿り着いたのは一見ただのスーパーだった。
だが蛍光灯はちらつき、館内は妙に暗い。客はまばらで、全員が例の“笑顔”を貼り付けている。
突如、背後から冷たい感触。腕をねじられ、口を覆われ、地下へと引きずり込まれた。
コンクリート打ちっぱなしの地下室。そこにいたのは――
「……おい」
聞き慣れた声。
「日本語、喋ってもらっていいすか?」
そこには、あの論破王・ひろゆきがいた。
加藤純一の胸に安堵が広がる。
同じ言語を話す存在がここにいた。それだけで孤独の底から救われる気がした。
だが状況はそれどころではなかった。
ひろゆきは腕を組み、目の前の異界の住人たちに言葉を浴びせている。
「いや、それってあなたの感想ですよね? 論理的根拠がないじゃないですか」
「僕、暇じゃないんで」
その態度は、異界の者たちの笑顔をますます濃くし、不気味な沈黙を生み出していた。
加藤純一は、息を殺しながら様子を見守る。
――ここで軽はずみに動けば、自分も家族も帰れなくなる。
そう理性は囁く。
だが心の奥では、別の感情が芽生えていた。
「……やっぱ最高だな、ひろゆき」
状況は絶望的でも、彼と一緒なら何とかなる気がした。
そして、加藤純一の冒険は、ますます奇妙な方向へ転がっていくのだった。
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