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〜流川楓side 〜

小3のとき、母親に勧められて、湘北エンターテイメントという芸能事務所のオーディションを受けた。

勉強ができない俺は夢も特にやりたい仕事もなかったから、別に反対せず、よくわからないままオーディションを受けた。

気がついたら、将来アイドルとして活動するための練習生となっていた。

もともと、湘北エンターテイメントは、芸能事務所としてはそこそこ名前の知れた事務所だが、事務所からアイドルを出した経験はない。

応募人数も少なく、受かって当然のオーディションだった。

だから、歌もダンスも未経験だった俺が、一発合格だった。

当時のオーディションで合格したのは5人。

俺以外は歌かダンス、どちらかの習い事をしてきた経験者たちだった。

別にアイドルに興味があったわけじゃない。

オーディションを受けたときは、勉強せずに金が稼げるならそれでいいと思ってた。

でも、レッスンを繰り返していくうちに、経験者ばかりの周りに自分が劣るのが嫌で、必死に練習していた。

もうすぐ、中学を卒業する。

気がついたら、アイドル志望での事務所の練習生は俺だけになっていた。

それでも構わなかった。

一緒に練習していた奴らを今後同じグループになる仲間だと認識したことはなかったし、自分の将来に不安を抱き、勉強か練習かですぐに練習を選べない根性なしには期待もしていなかった。

今後、高校は通わず、本格的に事務所の宿舎に住み、本当は5人で受けるレッスンが必然的に個人レッスンとなったものを受け、一年半もすれば、デビューする予定になっている。

事務所は俺をグループとして活動させたいみたいだが、俺はソロでも構わなかった。

そんなとき、新規でアイドル志望に一人のメンバーが入ってきた。



〜三井寿side 〜

天才子役。

小学生の頃、初めて出たドラマ「マザースクール」で母親を探す主人公を演じたときに世間から名付けられた肩書きだ。

幼稚園ときから芝居の習い事をしていて、その延長として湘北エンターテイメントの俳優志望でレッスンを受け、今まで数々のドラマに出た。

中3のときに出た「差し歯」というコメディドラマでは、喧嘩が弱いがなぜか仲間に気に入られ、集団の中では威張っている、しかし結局主人公とその仲間にボコボコにされるという敵役を演じた。

ドラマが公開された後のSNSでは俺の役に対する、主人公に同情して「ムカつく」というコメントと、「バカで可愛い」という皮肉めいたコメントで溢れかえった。

最終回の番宣として出たバライティ番組では、ドラマ中のセリフを散々いじり倒されたが、「ドラマの性格とは違う」などの声もあり、自分の知名度を上げるきっかけとなった。

高1から高2にかけてはとうとう映画デビューをし、「静寂の音色」という作品で、盲目で精神障害を持ち、他人とのコミュニケーションがうまく取れない少女、その彼女の奏でるピアノの演奏に合わせて歌を歌い、音楽で絆を深めようと奮闘する少年を演じた。

映画は大ヒットし、俺は事務所内ではかなり有名になった。

しかし、俺はこのまま俳優の道に進むべきか迷っていた。

作中、歌唱シーンがある中で、俺は歌のレッスンも受け、少しずつ歌手の道に進む方向に気持ちが傾いてきていた。

だが、湘北エンターテイメントはモデル、俳優業では有名な事務所だが、歌手やダンサーなどのアーティスト業では無名だった。

うちの事務所にはアイドルを生み出すための子会社があったが、そこにいるのは練習生一人のみである。

たった一人の練習生、流川楓は、事務所No.1のルックスを兼ね備えたイケメン練習生という噂があったが、所詮噂である。

同じ事務所でも、宿舎が違うので一度も顔を見たことがなかった。

こんな事務所だ。

到底、今までのキャリアを捨てて、歌手になりたいなんて言えるはずがなかった。

なのに、なのに…

事務所の所長、安西所長が、俺が密かに歌手デビューを目指していることを聞いて、そして「静寂の音色」を見て、その歌声をアイドルとして披露してほしいとオファーをしてきた。

安西所長…いや、安西先生は、俺がこの世で一番尊敬している人であり、昭和の時代をときめいた歌、踊り、演技、バライティ…なんでもできるスーパースターだった。

そんな人に直々にオファーをいただき、もはや断る理由はなかった。

彼らがアイドルになる話。

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