〜三井寿side 〜
ドアの向こうから、ポップスミュージックとキュッキュッと鳴る足音が聞こえてくる。
ついに、オファーを承認してしまった。
俺、三井寿は、今日から俳優業を離れ、正式にアイドル志望の練習生となる。
音楽と同時に流れてくる足音はひとつだけ、おそらく流川楓のものだろう。
やべえ、初対面の人と一対一で挨拶すんのなんて久しぶりだ。
緊張してきた…。
音楽が止まったタイミングを見計らってドアを開けた。
「よぉ〜!俺は三井寿だ!知ってると思うけど。」
緊張しているのを悟られないように平然を装う。
予想通り、部屋には流川楓と思われる男、一人だけだった。
流川楓は俺には見向きもせず、CDプレイヤーをいじり、さっきと同じ旋律のところから踊りを再開した。
無視かよ…まじっ…?
俺は天才子役とも呼ばれた三井寿だぜ?
映画デビューもしたんだぜ?
普通、俺が自己紹介をすれば、
「え?あの三井寿?「マザースクール」の??」
とか言われてサイン書いてやったりするパターンなのによ。
無視って…
まだ、部屋間違えてますよ〜とかの方がマシだわ!?
でも、よくよく見れば、流川楓は確かに事務所No.1と呼ばれるほどの顔立ちをしていた。
白い肌、長いまつ毛、シュッとした鼻筋。
背は俺より高い。180後半はあるんじゃねえのか?
当の本人は、一曲踊り終えたのか、CDプレイヤーから離れ、水分補給をしている。
俺は流川楓に近づいて、もう一度話しかけた。
「お前、流川楓だよな?事務所No.1ルックスの。確かにイケメンっちゃイケメンだな。まあ、俺の次にだけど。」
スーーっ
コイツ…寝てやがる。
俺今一番恥ずかしいやつじゃん。
その時、後ろのドアが開く音がした。
「ごめんごめん。遅れた。あっ、君が三井寿くんだよね?」
ドアから出てきたのは、これまたイケメン枠に入る、茶髪のお兄さんだった。
「俺は、藤真健司。ここでダンストレーナーをしているんだ。」
「あっ、どうも。三井寿です。」
長年の芸能生活で、こういうときにはすかさず握手の手を差し伸べてしまう。
「三井くん、ダンスの経験は?」
「全くないです。」
「そりゃそうだよね。ずっと演技に集中していたもんね。今日からはダンスと歌の練習を同時進行でしていくんだけど、三井くんはまずはダンスの練習を重点的にやった方が良さそうだね。あ、それから…。」
そう言って藤真トレーナーは流川楓の肩に手を置いた。
「この子、流川楓。静かだし、ずっと寝てるから何考えてるかわからないけど、実力は確かだから。あと、悪いやつじゃないから、仲良くしてやってくれ。流川、あいさつして。」
「ッス。」
それが挨拶かよ…。
コイツと仲良くできる気がしねぇ。
マジか…。ダンスってこんなキツいのか…。
俺がゼェゼェ言っている横で、流川は涼しい顔をして自主練を続けている。
まるで、俺に実力を見せつけるように。
ムカつく…。こっちはダンス1日目だっつーの。
ダンス初心者の俺には、フリを覚えるだけで精一杯。
音になんてついていけないし、トレーナーと同じ動きをしているのに、見え方は月とスッポン。
こんなの…大丈夫なのか?
「まぁまぁ、最初はそんなもんだよ。」
このダセェ俺を慰めてくれるトレーナーの顔を見ると…虚しい。
しかし困難はダンスだけじゃなかった。
俺と流川は共同生活を強いられた。
もともと、グループ活動をしてこそのアイドル。
初期メンバー5人用に作られた部屋で、ベットと机が置かれた部屋は各一人ずつ、しかし、リビング、キッチン、ダイニング、お風呂などは共同で使うものだった。
「流川〜、お前ご飯ってどうしてんの?」
「出前ッス。」
「出前?毎日?」
「ウス。」
「お前、それ体壊すぞ…。」
とは言ったものの、今まで芸能界でも家でも愛されて育ってきた三井寿。
料理など、目玉焼きくらいしか出来なかった。
どうしよう、どうしようと悩んでいると、部屋のインターホンがなった。
「流川〜、入るぞ。」
「ッス。」
中に入ってきたのは、身長2メートルの大男だった。
「ん。今日入ってきた三井寿か。私はここの事務所の子会社社長、赤木剛憲だ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
なお、彼も藤真トレーナーも自分と同い年だと聞いて驚いたのはまた別の話。
「流川、この子会社にも、とうとう社員食堂ができたから、お前も出前生活をやめて食べに来い。」
「ウス。」
こうして、俺と流川の共同生活、そして俺のアイドルへの道のりは幕を開けた。
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