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煌がこの世界に来たばかりの頃と比べれば、朱雀は劇的に回復した。笑みも増えたし、下らない冗談を言って自分を困らせるようにもなった。
だが――ふとした瞬間の横顔に刻まれる深い疲れ。それは、いくら煌の力で癒やしても消えることのない、魂そのものの磨耗のようだった。
障子を開け、夜の冷気に身を晒しても、胸のざわつきは収まらなかった。
庭園の奥、朱雀が瞑想しているはずの場所から、重苦しい空気がじわじわと這い出してきている。
「……あのエロ鳥、何が瞑想だ。これじゃ、ただ自分を削ってるだけじゃねぇか」
煌(コウ)は鼻先を掠める「仙煙草」の残香を追い、足音を殺して夜の闇へ踏み出した。
池のほとり、巨大な枝垂れ桜の下。朱雀はそこにいた。
月光を浴びたその姿は、神々しいというよりは、今にも消えてしまいそうなほどに青白い。周囲の空間が、目に見えない何かに歪められ、朱雀の「火」が細く、頼りなく揺れている。
「おい、いつまで寝ぼけてんだ。メシの後は寝ろっつっただろ」
コウの声に、朱雀の肩がびくりと跳ねた。ゆっくりと開かれた黄金の瞳は、焦点が定まらず、どこか虚ろだ。
「……童か。何故、ここへ来た。夜風は毒だと言ったはずだが」
「毒なのはお前のツラだよ。ひでぇ顔だぞ、見ろ」
コウが顔を覗き込むと、朱雀は力なく自嘲気味に口角を上げた。
「……お前に、醜いところは見せたくなかったのだがな」
朱雀の大きな手が、縋るようにコウの腕を掴む。いつもなら力任せに引き寄せるはずの手が、今は震え、熱に浮かされている。
「……っ、熱っ。お前、火加減ミスってんじゃねぇよ」
「案ずるな……。少し、この地の澱みが深すぎるだけだ……」
朱雀がそのままコウの腹に頭を預けるようにして崩れ落ちる。拒絶しようと手をかけたが、その指先に伝わる朱雀の鼓動が、あまりに速く、悲鳴を上げているようで――コウの手は突き放す代わりに、その広い背中を緩く囲い込んだ。
「どけ、重てぇんだよ……。……ったく、少しだけだぞ」
コウが朱雀の仄暗い髪に指を差し込み、固まった思考を解きほぐすように優しく撫でる。
朱雀は吐息を漏らし、コウの匂いを肺の奥まで吸い込むように顔を押し当てた。言葉では「離せ」「重い」と毒づきながらも、コウは朱雀の震えが収まるまで、その身体を抱き寄せ続ける。
(……熱っついな、おい。……けど、なんだこれ)
朱雀の体温は、火傷しそうなほどに高い。なのに、彼に触れているコウの指先からは、芯まで凍りつくような「異質な寒気」が伝わってくる。内側から何かに喰い破られているような、不気味な熱だ。
「……童。離れるな……。お前が、わしの繋ぎ目だ……」
「……離さねぇよ。お前がこれ以上壊れる前に、全部俺が解決してやるから心配すんな」
「頼もしいな。お主は……それでこそ、わしが選んだ巫女だ」
「だから、俺は巫女なんかじゃ……って……」
暗闇で何かが動いた気がして、コウは朱雀を腕の中に置いたまま、月明かりに照らされた回廊の先を見やった。そこには、一人の男の背中があった。
(……静遠?)
監察局の呼び出しで姿を消したはずの彼が、なぜ、この夜更けに音もなく歩いているのか。呼びかける間もなく、その背中は闇に吸い込まれるようにして消えていく。
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#龍と勇太
(……もしかして、夜這いか? いやいや、まさか……。あの堅物がそんなわけ……でも、もしかして?)
怪しい。どう考えても怪しい。
しばらく腕の中の朱雀の重みを感じながら考えてみたが、あの実直を絵に描いたような男が何を考えているのか、コウにわかるはずもなかった。
(まぁ、あいつも一応、男だしな? 息抜きの一つや二つ、必要だろ。……つーか、アイツが夜這いしたくなるような女って、一体どんな奴なんだろうなぁ。そっちの方がよっぽど興味あるわ)
今度会った時、からかい半分に聞いてみようか。
きっと、思いっきり嫌な顔をされるか、あるいは図星を突かれて真っ赤になり、慌てて怒り出すかのどちらかだろう。その反応を想像して、コウは場違いにも少しだけ口角を上げた。
「おい、エロ鳥。いつまでくっついてんだ。……少しは落ち着いたか」
「……あと少し。お主がこうしていれば、わしの火も静まる」
「……ったく、しょうがねぇな……もう少しだけこうしといてやる。でも、あと少しだけだからな!」
「あぁ。わかっておる……」
コウは呆れたように息を吐きながらも、朱雀の熱すぎる背中に回した腕を離さなかった。
静遠がどんな「美人」の元へ向かったのか、そんな呑気な想像を巡らせながら。