ソファーに座りワインを飲んだ──互いに黙ったまま、不思議と落ち着いた時間が流れていく……。
「……先生は、今まで恋をしたことはないんですか?」
酔いにまかせるようにもして、彼女から問いかけられて、
「恋…ですか。どうでしょうね…そんなことを思う暇もなく、女性にはいつも取り囲まれていたので」
ワインをひと口含んで、
「恋をする必要性を感じたこともありませんでした……。私を好きにならない女性など、いなかったので……」
ふっと彼女へ視線を投げかけて、そう口にすると、
「……なのに、あなただけが、なびかない。……身体を許しても、心までは許さないとまで言って……」
眉間にしわが刻まれたのが、自分でもわかった。
「……歯がゆいのですよ…私に、落ちないあなたが……」
短く息を吐いて言うと、どうしてという思いでじっと彼女の目の奥を覗き込んで見つめた。
「……先生に恋をしてないから、落ちないんです…」
口にされた一言に、「恋…?」と、聞き返した。
「いくら身体を合わせたって、思いもなければ、気持ちまでは交わらないですから……」
……そんなことは、今までどんな女性からも言われたことがなかった。
誰も、抱いてしまえば勝手に好きになるものだろうとしか考えていなかった。
自らのグラスに残っていたワインを飲み干して、 「知ったようなことを言うんですね、あなたは。……私の方が経験も豊富で、精神科医としても人の気持ちを知ることには長けていると言うのに……」 空いている彼女のグラスへワインを注いだ。
「……恋愛は、経験や知識だけが全てではないですから」
彼女からワインが注ぎ返されて、グラスの中身をぼんやりと見た。
…………経験や知識だけが全てではないのなら、どうすれば本当の恋愛ができるんだろうかと。
身体を合わせても心が動くこともないのなら、私自身はこのまま恋愛の仕方も知らないままでいるしかないのかもしれないと思いつつ……、
「恋に、明確な定義などないでしょう? 2人の内どちらか一方でも、それを恋だと思っていれば、恋愛は成立するのですから……」
不毛とも言える話を続けた。
「一方的であれ、それを恋だと当人が信じているのなら、それは、紛れもなく恋のはずです」
理論的でしかない自分の考えに、
「……先生の話は、精神論です。……現実の恋は、そんなに甘いものでは……」
容赦のない反論が返って、
「そうでしょうね…」 と、脱力したように答えると、
「だから、あなたも落とせないのです」
弱音が口をついてこぼれた──。
「……私一人くらい落ちなくても、別にもういいじゃないですか……」
突き放すようにも言われて、
「そうですね……私は、あなたを落とせないことに、なぜここまで固執してきたのか……」
どう答えるべきかを考えるが、不思議とまわる酔いに、思考は鈍るばかりだった。
「……私に固執する理由が、何かあるとでも……?」
そう聞き返されて、
「……理由……そんなことは考えもしませんでしたが……しかし私は、なぜか君を……」
そこまで口にして、だがその先の台詞は、今はまだ見つけられずに、
口を閉ざすしかなかった……。
互いに押し黙って、ワインを口にした。 部屋の中は静かすぎて、時計が時を刻む音が耳について響く程だった──。
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