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UN Navy 万能艦隊

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UN Navy 万能艦隊

10 - マラッカ海峡要撃戦

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2025年09月11日

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同じころ、エルゼとラーニアを運ぶ車両コンボイはアフガニスタンからタジキスタンの南端を通り、高山地帯を抜けて中華人民共和国の新疆ウイグル自治区に入った。もう五月の半ばだと言うのに夜は凍えるような寒さが残っていた高山地帯の旅に、エルゼの方がやや体調を崩していた。

国境で人民解放軍のウイグル人部隊に迎えられ、ウルムチという都市へ向かい、そこで鉄道に二人を乗せかえる手筈になっていた。ウルムチの町の、駅のある中心部は高層ビルが立ち並ぶ近代的な景観で、辺境の少数民族の居住地というイメージを持っていた美奈もミューラー中佐もやや驚かされた。

壁一面ガラス張りの大きな駅舎のウルムチ駅に到着すると、エルゼとラーニアのための特別列車が手配されていた。ここからは西安を経由して北京へ二人を護送する事になる。

二人をベッドごと特別列車の専用車両に運び込む。多分通常は中国共産党幹部専用らしき、車両が丸ごと一つホテルルーム並みの豪華な造りになっている列車だった。

駅のホームで医療器材を車から列車の移し替える作業を見守っていた美奈は、ホームの柱の陰に部外者らしき男がいるのに気付いた。そして目を見張った。

見まちがえようのない男だった。肩まで垂れた美しい金髪、女のように白くきめ細かい肌、人の魂を吸い込むような青い瞳。エルサレムの病院で、二度もエルゼとラーニアの近くに現れて煙の様に消えた、あの男だった。

美奈は男のいる場所に向かって足を踏み出し、同時に腰のホルダーから拳銃を抜いた。小走りで駆け寄り、柱の向こう側に素早く銃口を向ける。

だがそこにあの男の姿はなかった。あわてて柱を一回りし、辺りを見回すが、どこにも隠れたり、そこから逃げ出せそうな場所は見当たらない。

「ミナ、何か異常か?」

不審な様子に気づいたミューラー中佐が美奈の側に駆け寄った。美奈が拳銃を手にしているのに気付いて眉を吊り上げる。美奈はあの男の事を中佐に詳しく話した。聞き終わった中佐は深くうなずきながら言った。

「確かに単なるパパラッチとかじゃなさそうだな。こんな所まで追ってくるとは、何か政治的な意図があるのか? よし、俺の方で警戒を強化しておく。美奈は二人から離れないでくれ」


ベンガル湾では再び移動を始めたクラーケンを、万能艦隊が攻撃を加えて誘導する作戦が開始されていた。クラーケンが北上してインド、バングラデシュ、ミャンマーの沿岸に近づかないよう、空母エヴィータのB-3爆撃機、空母クレオパトラのユーロファイターⅡが時折空爆をかけながら、やや南東の方向へ誘導する。

クラーケンは魚竜や翼竜を放つ事もなく、海面に浮上したり浅く潜ったりを繰り返しながら、アンダマン海に誘い込まれて行った。

おぼろづきのブリッジではペンドルトン提督が、大型スクリーンの画面に全艦長を呼び出して、テレビ会議を開いた。おぼろづきのスクリーンに提督がノートパソコンからいくつかのデータを表示する。それはリアルタイムで各艦長に伝達される。

最初は写真だった。スエズ運河で陸地の上に墜落した翼竜を国連の科学者チームが解体、分析した物だった。翼竜は完全に活動を停止していたが、その体を切り開くと内部に不思議な球体が見つかった。

直径五十センチほどのビー玉のような半分透き通った球体で、虹のように様々な色の光を発していた。光は十数分で消えたそうだが、その球体が魚竜や翼竜のエネルギー源ではないか、というのが科学者チームの出した推論だった。

提督がクラーケンの内部構造の推定図をスクリーンに出して言った。

「もしこの推論が正しいなら、クラーケン本体にもエネルギーの中心体、いわばコアのような物があると考えられます」

スクリーン上にCGが浮かび、クラーケンの大まかな形と、コアと推定される部分が黄色で表示された。そのコアは直径百メートル程度となっていた。提督が言葉を続ける。

「ならばクラーケン本体に打撃を与えるにはエネルギー源となるコアを破壊するのが最も効果的なはずです。そこで……」

スクリーンの画像が変わる。「これです」という提督の言葉と共に映し出されたのは長い海岸線だった。そこにロケット弾発射筒を積んだ軍用車両、自走砲、長距離砲、短距離砲、様々な砲兵部隊がずらりと並んでいた。スクリーンの向こうで各艦長が思わず感嘆の声を漏らす。

「マラッカ海峡の両岸には、アジア各国から終結した砲兵部隊が待機しています。とどめを刺すのは無理でも、両岸からの一斉砲撃によってクラーケンの本体、特に外縁部を可能な限り破壊します。要するに図体をもっと小さく出来ればコアを露出させ易くなる、という事です」

提督の説明に横で森山艦長がしきりにうなずきながら言った。

「なるほど、幅が七十キロ前後しかない海峡なら、陸上からの砲撃も充分届く。クラーケンも逃げようがないわけか」

「しかし提督」

スクリーンの端に移っている空母エヴィータのフィツジェラルド艦長が割って入った。

「民間船舶の航行は事前に規制してあるのでしょうが、マラッカ海峡の両岸は人口密集地域でもあります。重要な施設も多い。クラーケンが襲撃する危険性がありますが」

提督はここぞとばかりに声のトーンを上げた。

「我々の今回の任務はまさにそこです。クラーケンが海峡に入ったら、海中からはピョートル大帝号が、空からは艦載機が常時攻撃をかけ後戻りできないように仕向けます。同時にクラーケンを可能な限り海峡の中央部にくぎ付けにし、陸地に近づけないよう図る。これが今回の作戦です。各艦、ただちに準備に入って下さい」

「イエス、マム!」

各艦長の声が響き、艦隊は二手に分かれてマラッカ海峡に接近した。ピョートル大帝号は先頭で先行、おぼろづき、ヘリ空母ジャンヌ・ダルク、後方支援艦マザー・テレサの順に海峡に突入。空母エヴィータと空母クレオパトラはスマトラ島の西側に周り、東へ移動しつつ艦載機を順次発進させ、スマトラ島越しに空爆を開始した。

クラーケンは何かを感じたのか、海峡に侵入した直後に引き返すような動きを見せたが、ピョートル大帝号が魚雷を連射して退路を断ち、B-3爆撃機とユーロファイターⅡが誘導爆弾、対艦ミサイルを駆使してクラーケンを海峡の中央部分の海域に追い込んだ。

スマトラ島のメダンという町の沿岸に差し掛かった頃、陸上に待機していた砲兵部隊が攻撃を開始した。海岸のすぐそばからは短距離法、ロケット砲が、やや内陸に位置した場所からは長距離砲が一斉に火を噴き、弾幕がクラーケン本体を直撃した。

クラーケンは数度、プテラノドン級翼竜を放ったが、ユーロファイターⅡとワルキューレ型戦闘ヘリがただちに迎撃。クラーケンは砲弾の雨を浴びながらシンガポール方面に向かって進むしかなくなった。

クラーケンが水中に潜ろうとするとピョートル大帝号の魚雷が下から本体に炸裂し、海面に浮上せざるを得ない。マラッカ海峡を抜ける頃には、クラーケンの本体外縁部は砲撃で徐々にこそぎ取られ、直径千メートルあった巨体は直径六百メートル程度にまで小さくなっていた。

この作戦の最後のポイントは、クラーケンをシンガポール港に接近させない事だった。海洋交通の重要な拠点であるシンガポール港が再び被害を受けたら、世界経済は大混乱する。

クラーケンがマラッカ海峡の出口で南寄りの進路を取り、小群島の間を抜けて南シナ海に抜けてくれる事を各艦長は期待したが、やはりクラーケンはシンガポールと対岸のバタム島に挟まれたシンガポール海峡に入り込んだ。

おぼろづきが最大船速でシンガポール港沿岸に向かったが、わずかに間に合いそうになかった。だがシンガポール港の方向から、十数発ものミサイルが一度に飛来、クラーケンをシンガポールから引き離した。

「高速船、一隻、接近中。今のミサイルはこの高速船が発射したものと思われます」

おぼろづきのブリッジでレーダーのスクリーンを凝視していた哨戒長が早口で報告した。

「ミサイル艇か? 艦の大きさは?」

守山艦長が訊く。哨戒長はレーダーのスクリーンに視線を戻してデータを読みながら答えた。

「四百トン程度でしょう。速力六十ノット毎時。小型のミサイル艇と思われます」

「そんな艦が一隻でシンガポール港を守っていたのか。これ以上の接近は危険だ。通信班、引き返すよう打電しろ」

その時再びミサイルが十数発クラーケンを直撃したらしく、爆炎と水柱が遠くに上がるのが、おぼろづきのブリッジからも肉眼で見えた。雄平が不思議そうな顔でつぶやいた。

「変だな。そんなちっぽけな艦があんなにたくさんミサイルを積めるのか?」

シンガポール海峡を抜けきった所で、クラーケンは突然海中に潜り、全身を駒の様に高速で回転させ始めた。小さな渦巻きが生じ、ピョートル大帝号は水流に振り回され、水中でバランスを失い、一時的に航行不能になった。

その隙にクラーケンは完全に海中に潜航し、そのまま南シナ海に消えた。ペンドルトン提督はそれ以上の追跡を断念、全艦にシンガポール港での合流を命じた。

例のミサイル艇はそのままおぼろづきに接近、無線で告げた。

「艦隊をシンガポール港に案内するためのデータを転送する。現在の位置でそのまま待機されたし」

やがておぼろづきのブリッジの窓から見える視界にその船は入って来た。ブリッジの乗員が一人また一人と、不審の声を上げ始めた。

「おい、あれ、艇なんてサイズじゃないぞ」

「ひょっとして、このおぼろづきよりでかくないか?」

「いや、だったら時速六十ノットって何だよ? おぼろづきの最高速度だってせいぜい三十ノットちょいだぞ」

それは確かにおぼろづきよりはるかに巨大な軍艦だった。細長くのっぺりとした艦体、前に行くほど尖ったナイフの刃のような形をしている。中央にブリッジらしき構造物があるが、おぼろづきのようなレーダーマストはなく、全体的に出っ張りや突起物がほとんどない。

双眼鏡でその艦を見ていた哨戒班の乗員が信じられない、という口調で叫んだ。

「あの艦……全長百四十メートルはある。おそらく一万四千トン級だ」

「そんな馬鹿な!」

哨戒長が狐に化かされたような顔で怒鳴る。

「じゃあ、さっきのレーダー反応は何だ?」

「そうか、ズムウォルト級だ」

守山艦長が自席から感心したように言った。

「米軍が中心になって開発していた、ステルス艦じゃないのか?」

ペンドルトン提督が自分も双眼鏡をのぞき込みながら言った。

「そのようですね。シンガポール海軍が完成させていたのでしょうか」

そのズムウォルト級艦はおぼろづきに正面から近づきながら、シンガポール港への入港進路のデータを無線でおぼろづきに送って来た。

その間、おぼろづきのブリッジではほとんどの乗員が双眼鏡を奪い合うようにしてその艦を観察していた。つや消ししたメタリックグレイの艦体の艦首左舷には「UNN-07」の白い文字。艦首右舷には「MEKONG」。東南アジアを流れる大河の名。新しい万能艦隊の構成艦のようだ。

データの転送が終わると、その艦は艦首を百八十度回転させ、「ではシンガポールで」との最後のメッセージを残して、速度を上げた。艦体の艦首と艦尾、それぞれ二か所から薄い板状の物体がせり出して来て水面に突き刺さった。

そしてそのズムウォルト級は、艦体をわずかに水面上に浮かせ、おぼろづきの乗員が誰も見た事のない猛スピードで海面上を疾駆し始めた。誰かが叫んだ。

「あれは水中翼船なのか?」

「い、い……一万四千トン級のハイドロフォイルだって……信じられねえ!」

約半日後、万能艦隊全艦はシンガポール港に入港。整備と補給を始め、各艦の艦長はシンガポール軍が手配した迎えのヘリで、あのズムオォルト級に向かう事になった。

今回も乗員の上陸は許可されず、雄平は艦に残って巡察を行った。雄平がチェックシートを乗せたボードを持って廊下を歩いて、他の通路と交差する地点に差し掛かった時、出会いがしらに女性乗員とぶつかってしまった。

その女性乗員はなぜか口にトーストをくわえていて、ぶつかったはずみで尻もちをつき、ふわりとまくり上がったスカートの裾をあわてて「キャッ」と叫んで両手で押さえ、上目づかいで雄平の顔を見た。

雄平はすぐに立ち上がり、彼女の手を取って立たせ、ためらいながら言った。

「あの、非常に言いにくいんだが、聞いてくれるか?」

「は、はい、何でしょう?」

その女性乗員は目をきらきらさせて答える。雄平はひとつ小さく咳払いをし、おもむろに告げた。

「艦内では食堂以外飲食禁止、それといくら非番でも艦内でその服装は何だ? 護衛艦乗りは航海中、プライベートの空間は自分の寝棚の内部のみ! こんな事は常識だろう。いくら上陸できないでストレスが溜まっているとは言え、これが艦長だったらただじゃ済まないぞ。すぐに自室に戻れ!」

そのままスタスタと歩み去っていく雄平の背中を首をかしげながら見つめている女性乗員の後ろのドアが開き、ペンドルトン提督と他の二人の女性乗員が飛び出してきた。提督は両腕を振り回して、どうしても納得いかないという表情で、子供が駄々をこねるように言った。

「な、なぜですかあ? 今のは日本人男性なら、必殺のシチュエーションのはずですう!」

提督の後ろでその二人の女性乗員は頭を寄せ合って囁き合った。

「いや、あれはさすがにもう古いわよねえ」

「て言うか、提督の日本人に関する知識って、どっか偏ってない?」

そこへ玉置一尉が息せき切って駆けつけて来た。

「ああ! 提督、こんな所で何をしてらっしゃるんですか? もう出発の時間で、迎えのヘリ待ってますよ」

それからおぼろづきからは提督と守山艦長、玉置一尉の三人が、他の艦からは各艦長が、シンガポール軍が用意したヘリにそれぞれ乗って、例の巨大な水中翼船型のズムウォルト級軍艦に向かった。

後部甲板で一行を出迎えたのは、華人らしい大柄なアジア人だった。筋骨隆々とした体躯だが、顔はまるで青年のように若々しかった。彼はペンドルトン提督の前に進み出て敬礼の姿勢を取った。

「ようこそ本艦へ。私が艦長のテオ・チェンロン中佐であります」

提督は軽く敬礼を返して質問を始めた。

「この艦はズムウォルト級駆逐艦なのですか?」

「はい、米軍から供与された技術を元に、東南アジア諸国連合、いわゆるアセアン各国が協力して水中翼船に改造した物です。艦載機をまずご覧いただきましょう。どうぞ、こちらへ」

後部甲板の格納庫のシャッターが開き、中に戦闘機が一機見えた。

それはヘリコプターではなく固定翼機だった。コクピットには座席が二つ縦に並んでいる。テオ艦長が説明する。

「F-35Bの複座型です。本艦の偵察、哨戒、通信中継を担当します」

巡洋艦アンザック・スピリットのザンビー艦長がうらやましそうな表情で言う。

「垂直離着陸機ですか? ジェット戦闘機を搭載出来るとは」

守山艦長がテオ艦長に訊く。

「この艦の武装はどうなっているのです? 外から見る限り、主砲もミサイルのVLS発射装置も見当たりませんが」

テオ艦長は一行をブリッジのある上部構造物の横を通って、前部甲板に連れて行った。手にした携帯電話のような無線機でどこかに指示を出す。

すると艦首近くの甲板の中央が左右にスライドして開き、スマートな砲塔が二門、せり上がって来た。守山艦長が感心してつぶやく。

「なるほど、使用時以外は内部に収納されているわけですか」

ピョートル大帝号のソラリス艦長が興味津々な顔で質問した。

「ミサイルの発射装置はどこなのですか?」

再びテオ艦長が無線機で指示を送ると、一行が立っている横の手すりを越えた辺りの船体が一か所、バンと音を立てて跳ね上がった。おぼろづきのVLSの蓋と同じぐらいの面積の四角い部分が開いた。

「これが本艦のVLSです。本艦は二重船殻構造になっており、艦体の外郭部分、つまり周りをぐるりと取り囲むようにVLSが並んでいます。VLSは総数144セルです」

「144!」

ザンビー艦長が驚きの声を上げた。

「巡洋艦である私の艦でも80セルしかない。ズムウォルト級は駆逐艦だと聞いていましたが」

テオ艦長は苦笑しながら答えた。

「現代では駆逐艦、巡洋艦というサイズでの区別はもう意味をなさないのかもしれませんね。本艦は対地、対艦、対潜、対空戦闘装備、さらに最新型巡航ミサイルも搭載したミサイル駆逐艦です。つまり……」

そう言ってテオ艦長は守山艦長の前に立ち軽く敬礼した。

「あなたの艦、日本のおぼろづきがこれまで果たしてきた役割を、本艦が引き継ぎます」

そしてテオ艦長はペンドルトン提督の方に向き直り、背筋をピンと伸ばして最敬礼の姿勢を取った。

「国連海軍、アセアン・ブロック代表、シンガポール海軍所属、ミサイル駆逐艦メコン。万能艦隊への合流を許可願います!」

「許可します!」

提督もすかさず敬礼を返しながら言った。そしてテオ艦長に握手を求めた。

「まさかズムウォルト級を水中翼船に改造するとは想像もしていませんでした。シンガポール人の創意工夫は相変わらずすごい物ですね」

「お褒めにあずかって光栄です。それではご要望通り、食堂へどうぞ」

士官用食堂はおぼろづきの食堂よりややゆったりした広さだった。

全員が席につくと若い水兵たちがプラスチックのトレイを運んで来る。

真ん中の大きなくぼみには炊いた白米がうず高く盛り付けてあった。粒が細長い、東南アジアでよく見るインディカ米だった。その周りを囲むくぼみには、焼いた羊肉、揚げた魚の切り身、ピーナッツが混じった野菜の炒め物、豆板を薄切りにした様な物が、ご飯を取り囲むように並べてある。

提督が目を丸くして料理を見つめているので、テオ艦長が説明した。

「これはナシ・チャンプルと言います。マレー半島周辺では庶民の定番の、まあ定食と言ったところですか。食器が少なくて済むように一つの皿に全部載せてあるわけです。スプーンですくってご自由にどうぞ」

豆板の薄切りの様な物を口に入れた守山艦長が驚きの声を上げた。

「これは納豆?」

玉置一尉が心底呆れた口調で横から茶々を入れた。

「じゃなくて、テンペって言うんですよ。大豆をテンペ菌とかいう菌で発酵させたインドネシアの食べ物。今どきテンペも知らないなんて、これだから昭和生まれは……」

「私は和食派なんだ。昭和生まれは関係ないだろうが!」

守山艦長がいきり立つのを宥めようとしてか、テオ艦長が話に割って入った。

「さすが広報官、よく御存じですね。もとはインドネシアのジャワ島の食材ですが、今はマレー半島でも人気です」

守山艦長は玉置一尉から顔をそむけて、テオ艦長に話しかけた。

「この料理はナシ・チャンプルとおっしゃいましたか? 実は日本にもチャンプルという名の料理があるのですよ」

「ほう! ナシ・チャンプルというのは、こういう盛り付け方をした料理の総称ですが、お国のそれはどのような料理ですか?」

「沖縄の料理です。ゴーヤと豆腐を使った物がポピュラーですが、本来はいろいろな食材を一緒に鍋で炒めた物をチャンプルと呼ぶそうです」

「だったら似た様な意味ですね」

「それと日本では炊いたライスの事をメシと呼ぶ事もあるのですよ。食事という意味でも使います。まあ、あまり上品な言葉ではありませんが」

「それはなおさら興味深い。ナシとメシ、それにチャンプル……ひょっとしたら、どちらがルーツかは分かりませんが、同じ言葉が伝わったのかもしれませんね」

「沖縄は王朝時代には東南アジアと盛んに貿易をしていましたからね。あ互いに言葉が伝わったのかもしれない」

「だとしたら、地球は狭いようで広い、そして広いようで狭い物ですね」

「まったくです。何度も航海はしておりますが、今回の航海は、いろいろと新しい事を知りました」

食事が終わってカップに入ったジャスミンティーをすすりながら、しばし雑談が始まった。守山艦長は席を立って食堂の外へ出て、落ち着かない様子できょろきょろと廊下を見渡した。給仕をしていた水兵の一人がそれに気づいて声をかけた。

「何かお探しでしょうか?」

「ああ、すまんが君、タバコを吸える場所はあるかね?」

「申し訳ありません。甲板に出ていただく事になりますが」

「いや、構わんよ。行き方を教えてくれ」

守山は後部甲板の、上部構造物の後方あたりに出た。搭載機の格納庫のシャッター近くの甲板の端に喫煙場所を示す表示があり、そこで手すりにもたれて、煙草の箱を取り出し、一本くわえてライターで火をつける。

最初の一服を深々と吸って海に向かって煙を吐き出したところで、不意に背後から声がかかった。

「ご一緒してよろしいですかな?」

それは空母エヴィータのフィツジェラルド艦長だった。守山がうなずくと自分の煙草の箱の底を指で叩き、飛び出した一本を口にくわえる。守山は自分のライターを点火して差し出した。

フィルジェラルド艦長も最初の一服を深々と吸い込んで、煙を海に向かって吐き出し、照れくさそうに笑いながら守山に話しかけた。

「我々スモーカーという人種には、住みにくい世界になる一方ですね」

「全くです。そちらの艦でも内部は禁煙ですか?」

「今では艦長室でさえ禁煙です」

「そうですか」

二人で手すりにもたれて三服目の煙を吐いた頃、フィツジェラルド艦長が何気ない口調を装って言った。

「あの提督には相当手を焼いていらっしゃるでしょう?」

「いえ、決してそんな事は……」

あわててそう答えた守山にフィツジェラルド艦長は苦笑しながら続けた。

「ご遠慮なく。私は幸い同じ艦や部隊で勤務した事はありませんが、彼女の武勇伝は知らぬ者はないですからね」

「まあ、確かにユニークな方ではありますな。他人がどう思おうが我が道を行くというタイプだ。やはりアメリカ人の女性は精神的に強い」

「いえ、それは多分逆でしょう」

意外なフィツジェラルド艦長の言葉に守山は思わず口から煙草を離した。

「逆と言いましたか?」

「彼女は、むしろ人一倍さびしがり屋なのですよ。次から次へと悪ふざけをするのは、きっとそうしていないと孤独で不安なのだからでしょう。ペンドルトン提督は、実は911の遺児なのです」

「2011年のアメリカ同時多発テロの事ですか?」

「ええ、彼女のご両親は旅客機が突っ込んで倒壊した世界貿易センタービルの北棟と南棟の違う会社のオフィスにいたそうです。お父上の方はついに遺体も回収できなかったと聞いています」

「それは知りませんでした。でしたら当時提督はまだ小学生ですか?」

「ええ。その後親戚に引き取られたそうですが、そこはいろいろ辛い事もあったのでしょうね。学校の成績は常にトップクラスだったらしいですが、経済的な理由があったのか、海軍の士官学校に進学し、今の地位まで登りつめたのですよ」

「なるほど。ではご両親の仇を討つために軍人に?」

「いえ、多分それも違うでしょう。提督は軍のアカデミー時代からアメリカの軍事介入政策には批判的な事で有名でした。軍事力で、力で他国を押さえつけようとするから911のような事が起きるのだ、というような事を公言していた。だから万能艦隊の提督に任命されたのです」

「は? どういう意味ですか?」

「ここだけの話ですが、ペンタゴンは国連海軍構想には懐疑的だったのですよ。早い話、万能艦隊がクラーケンに勝てるとは思っていない方が多数派です。負け戦に将来のある士官を派遣するわけにはいかない。経歴に傷がつきますからね。そこで事あるごとに上官に盾突いて、軍事行動を避けるよう進言していたペンドルトン准将が提督に推された。そういう噂です」

守山は何と応えていいか分からず、黙って煙草を口に戻した。二人の艦長はそれからしばらく、無言で紫煙をくゆらせていた。やがて近くのドアが開き、玉置一尉が二人に駆け寄って来た。

「もう、こんな所にいたんですか。今後の打ち合わせがあるから戻って来いと提督が言ってますよ」

煙草を海面に投げ捨て、艦内に戻るべく足を進める二人の艦長の後ろから玉置一尉がため息交じりに言った。

「いい加減観念して禁煙したらどうですか? ほんとにもう、これだから昭和生まれは」

守山艦長は首から上だけ振り向いてしかめ面で言い返した。

「航海中はほとんど吸ってないだろうが。そんな事まで昭和生まれのせいにするな!」

その頃、エルゼとラーニアを運ぶ特別列車は西安を通過して一路目的地に向かっていた。夜明けに目覚めた美奈は朝日の見える方角に不信を抱いた。ミューラー中佐の寝台車に向かい、ドアを叩く。すぐに顔を見せたミューラー中佐に美奈は小声で告げた。

「変よ、ボブ。この列車、ほとんど真東に向かっているわ。北京ならもっと北よりに進んでいないとおかしい」

ミューラー中佐もすぐに事態を理解したようで、二人で列車の警備責任者である人民解放軍の士官のコンパートメントに向かった。問い質された中国人の士官は、顔色ひとつ変えずに命令書を二人に見せた。それを読んだ美奈は思わず音を立てて息を呑んだ。

「なぜです? なぜ内陸の北京でなく、よりによって海に面した上海へ?」

だが中国人の士官は美奈の問いに答えられなかった。単にそう命令されている、国連海軍司令官の指示だと繰り返すだけだった。

命令書をのぞき込んだミューラー中佐は、その署名をじっと見て、近くの座席の背もたれを拳で殴りつけた。

「ああ、確かに司令官のサインだ。くそ、あの狸オヤジめ! 何を企んでやがる?」

そのまま特別列車は上海へ向かって疾走を続けた。

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