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翌日。体育館の空気はいつもと同じなのに、俺の中だけが違った。
「岩ちゃん、トス上げるよー」
いつもの声。
振り向かない。
「……頼む」
短く返す
それだけ。
及川が一瞬だけ眉を動かすのが、視界の端に入る。
でも見ない。
見たら、揺らぐ。
“岩泉くんが動かない限り、あの人は何も言わない”
あの言葉が、ずっと頭に残っている。
じゃあ俺が動いたら?
壊れる。
あいつは、壊したくないって顔をしてた。
なのに、あんな目で引き止める。
あんな顔で「俺のだ」なんて言う。
ずるい。
休憩中。
「岩ちゃん、今日帰りコンビニ寄らない?」
「先帰る」
即答。
及川が少しだけ黙る。
「え、珍しくない?」
「用事」
嘘だ。
用事なんかない。
ただ、隣にいたら苦しいだけ。
及川の視線が刺さる。
探るみたいに。
でも、聞かない。
聞けない。
壊したくないから。
それがあいつのやり方だ。
三日目。
距離ははっきりしていた。
並ばない。
目を合わせない。
必要以上に話さない。
「岩ちゃんさ」
帰り道、とうとう腕を掴まれる。
触れられた瞬間、心臓が跳ねる。
でも振り払う。
「やめろ」
声が、思ったより冷たい。
及川の目が揺れる。
「……なんで?」
ほんの少し、焦りが混じっている。
岩泉は視線を合わせない。
「お前といると、面倒なんだよ」
嘘。
本当は。
好きだと気づきそうで怖い。
「俺がなにした?」
及川の声が、わずかに低くなる。
「なにもしてねぇよ」
それが問題だ。
なにも言わない。
なにも選ばない。
全部こっちに投げる。
「……俺あいつのこと傷つけたんだよ」
知ってるくせに。
わざわざ言うな。
「へぇ」
及川の喉が鳴る。
「俺のせいじゃないんだ?」
確認みたいな言い方。
拳を握る。
「知らねぇ」
突き放す。
その瞬間。
及川の顔から、少しだけ笑みが消える。
「岩ちゃん」
真面目な声。
やめろ。
その声で呼ぶな。
「俺のこと、嫌いになった?」
心臓が、痛い。
嫌いになれたら楽なのに。
岩泉は、やっと目を合わせる。
「……わかんねぇ」
本音が零れる。
好きなのか、嫌いなのか。
近づきたいのか、離れたいのか。
わからない。
及川はその答えに、ほんの少しだけ傷ついた顔をする。
でもすぐ笑う。
「そっか」
軽い声。
「じゃあ、俺ちょっと黙ってるね」
それは優しさみたいで。
逃げみたいで。
やっぱりずるい。
背を向ける。
歩き出す。
止められない。
今はまだ、止められない。
後ろから追いかける足音は、聞こえない。