はて、今は何時なのだろうか?陽の光すら入らない此の部屋では午前なのか、午後なのかを知ることすら難しい。
どうにかして朝か夜かだけでも知りたい。なにか方法はないのか?
また悶々と考え事を始めると微かに壁の向こうから何とも可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。
一瞬耳を疑ったが職員は嘘をついていたと私は消化したのでそうだと自分に言い聞かせ、彼女が何を呟いているのか、耳を済ます。
「あのね。あのね、パパとママは非道いんだよ。いつも二人でお出かけして私のことは置いてけぼり。帰ってくるのは夜遅くご飯は作ってくれないし、時々ウチのことをぶつの。
痛くていたくて泣いてたら、僕を蹴飛ばして冷たい目で見るんだ。だけどね自分のパパとママは優しいの。
自分に非道いことをした後は必ず抱きしめて、私に愛してると言ってくれるのそして私に甘いものを食べさせてくれるの」
私は其の少女?少年?の話し方に酷く怖気づいた。なにかいけないものを聞いてしまったような気がした
私は余り賢い方ではないので言語化することは困難だが感覚的に恐怖を感じる。特に、統一されない一人称が気持ち悪くてたまらない。触れてはいけないような、私の脳髄は私に警鐘を鳴らしている。
私が私に、其の子に触れるなと言っているのは判っていた、然し其の子に興味を持ってしまった。感覚的にに感じた恐怖が気になる、何に少し怯えたのかが知りたい。私の好奇心は増す一方。
本能に従い私は耳を冷たいコンクリートの壁にぴたっと付けた。ひんやりした感触。
「パパとママはあたしのこと愛してくれているの。大好きなの。なのにお巡りさんがウチをパパとママから引き剥がそうとした。だからね、厭だったからお巡りさんのことママが危ないって云ってた包丁で刺したの。私は刺してないのに他のお巡りさんがあたしのことを捕まえたの。ねぇ自分何も悪くないよね?」
突然、壁の向こうから禍々しい空気が伝わってきた。ホラーゲームのキャラを脅かすNPSみたいな話し方で私に語りかけてくる少女。ギロギロと強い視線が私を刺す。それと同時に嗚咽と笑い声が聞こえた。何なんだ、彼女は狂っているのか。
否、そうに違いない。そもそもこんな退屈すぎて溶けてしまいそうな此の実験が狂ってる。
私があれやこれやと考えていると壁から又声が聞こえてきた。
「ねぇお隣さん聞いているんでしょ?あたし何にもしていないのにこんなところに閉じ込められてウンザリなの。くまさんとお話してもお返事は貰えないし貴方も退屈しているなら仲良くしようよ。私はリナリアだよ」
壁の反対側の少女はにこやかに笑った。特にこれ以上彼女との出会いを語ることはない。彼女は毎日時間はバラついていたが私とお喋りをしてくれた。世間話から女の子らしい恋話、可愛いお洋服とか、美味しいパンケーキとか。退屈はしなかったけれど時々元の生活が恋しくなり、こんな箱の中に閉じ込められている自分が惨めになったりも。
然しまぁ彼女出会う前よりかは楽しくなったので善しとしよう。
彼女との日々も増え、あの恐怖感も薄れてきた頃私達は遂にご対面することが出来た。と云っても例の検診の時に彼女の部屋の横を通ることができるのですれ違いざまに顔を見た程度。けれども其の短時間で彼女の顔は私の脳裏に深く深く刻まれた。
先ず彼女はガラス張りの部屋で暮らしていたので頭のてっぺんから、つま先まで拝む事ができた。彼女は小さい顔に、雪のように白くきめ細やかな肌。クリクリと大きな目に浮かぶ瞳は深い青。其の碧に映えるようなみずみずしい桜色の小さなお口そして細くキラキラと天の川のように輝く金色の髪。まるで仏蘭西人形。私は酷く目を引かれた。
数秒も見ていないのに其の姿はあまりに美しく印象的だった。お陰様で職員に怒られた。そんな美少女の顔も今も鮮明に覚えている。
が何より目立ったのは、やせ細った体に付いた青あざと、左腕、右腕・右足の太ももにある無数の切り傷。お友達にそう云う行為に走った子は数人居たので何も衝撃的だはないのだが彼女の浮かべる笑顔とあの容姿にあの傷はあまりにも似合わなかった。
後日職員に彼女の話しを聞いたがだんまり。
数日後彼女の声は聞こえなくなってしまった。
いくらうす気味悪かったとは言え、退屈を極めた此のような状況では例え狂人が話し相手だとしても私はかなり嬉しい。当たり前だなんの娯楽もない部屋に長時間閉じ込められて話し相手が居るだけマシじゃないか‼
今私の部屋の隣の人間をおいてくれたら私は数分で打ち解け、超絶仲良しになれる自信がある。
彼女に思いを馳せていると段々と悲しくなってきた。
だから例のノートに彼女のことを収めよう。
○月✗日
題:仏蘭西人形さん
彼女は私のお隣さんです。何時も私と楽しくお話をしてくれます。そしてある日彼女をお目にかかれる機会がありました。
とてもとても可愛い声をしていらっしゃいます。まるで声優さんのようなかれんな少女のような高く透き通った声です。
その仏蘭西人形さんはお顔も整っていらっしゃいます。小さなお顔、真っ白な陶器肌、小さく高い可愛らしいお鼻。お風呂上がりのように火照った頬。桜色できゅっとお上品に締まった唇。くりくりした眼。影を落とす長いまつげ、海のように深く青い其の瞳。そして細くイルミネーションのように輝く金の髪。
私は一瞬で彼女の虜になりました。
むかしパパが買ってきてくれたお人形に少し似てた。だけど不思議なことに彼女の体は無数の痛々しい傷で溢れていた。私はその容姿に見合わない傷を見て少しだけぞっとしたけれど、なんせここは研究所の何かしらの施設だと思われるので、特に期にする事なく彼女の部屋を後にした。
最近寂しいです。誰もお話してくれません。早くパパとママに逢いたいです。
コメント
2件
読んでいくうちにゾッとするけどクセになる!