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第二話『妾と小娘』
ごきげんよう。
ピスカでございます。
日々、優雅に過ごす淑女でございますわ。
悠真と暮らし始めて、三年。
食事の時間も、日当たりのよい窓辺も、悠真が帰ってくる気配も、今ではすっかり妾の日常の一部です。
……それなのに、近頃、ひとりの小娘が入り込んできましたの。
亜土千夏。
向かいの家に住む高校生で、佐藤悠真のことを「お兄様」と呼んでらっしゃいます。
血のつながりもない殿方を、よくもまあ……そんなふうに呼べるものですわね。もっとも、悠真もまんざらではない様子。
人間というのは、実に不思議な生き物ですわね?
──
そう、忘れもしない、小娘が初めて部屋にやって来た時のこと……。
「猫……!」
小娘は妾を抱き上げました。
……あら、はじめまして。
妾は日向ぼっこを楽しんでいたのですけれど。まあ、よろしい。撫で方も悪くないし、抱き方も合格点。特別に許してあげましょう。
そして、小娘は妾の名前を悠真に尋ねました。
「ピスカ!?何語なんですか!意味も知りたいです」
「ポルトガル語で“ピカピカ”って意味」
……なんですって?
妾は思わず耳を立てました。
ピカピカ?
なるほど。確かに、この銀色の毛並みは輝くように美しい。
名付けた人間、なかなか見る目があるではありませんの。
「本当ですか!からかってませんか?」
失礼な小娘ね……。
……しかし、ずっと一緒に暮らしてきて、今初めて妾の名前の由来を知るとは……。
悠真。そなたには、あとでじっくり話を聞かせてもらいますわよ。
──
それにしても、この小娘は、よく笑いますわね……。
悠真と話しては笑い、何かを食べては笑い、妾を撫でては笑う。
そのこと自体は、別に構いませんわ。
ただ、少々気に入らないことがありますの。
悠真が、妾よりも小娘を気にかけるようになりましたの。
「千夏ちゃん、これ食べる?」
「いいんですか? ありがとうございます、お兄様!」
……お兄様、お兄様と。
おお、煩い。
あのねぇ、妾はここにおりますのよ?
三年間もの付き合いがある妾を差し置いて、来たばかりの小娘に夢中とは……
人間の愛情というものは、ずいぶんと移り気なのですわねぇ。
ふんだ。
──
そんなある日、二人はテーブルいっぱいに紙片を広げておりました。
ジグソーパズルという遊びとか。
「お兄様、それ絶対そこじゃないです」
「いや、ここだろ」
あらあら。二人とも、ずいぶんと真剣ですこと。
数え切れない紙屑。それを小娘と二人で、せっせと並べているようです。
妾には理解できない作業ですわ。
三分後。
「……違ったね」
「だから言ったじゃないですか!」
小娘は得意げに笑い、悠真は悔しそうに、並べられた紙片を見つめていました。
……ふぅん。
妾のことなど、すっかり忘れているようですわね。
しかも食事の時間も、とうに過ぎているというのに。
これは、いけません。お仕置きでございます。
「にゃあ」
鷹槻れん/鷹槻うなの

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#ヤクザ
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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妾はテーブルに飛び乗ってやりましたわ。
「あっ、ピスカ!」
遅い。今さら名前を呼んだところで、もう遅いのですわ。
妾は前足を伸ばし、青い紙屑を蹴散らしてやりましたわ。
「うわっ!」
「ピスカちゃん!」
ふふん。
ようやく、妾に注目しましたわね。
もっとも、食事を忘れられたことへの抗議であって、嫉妬などという見当違いな感情ではありませんのよ。
……ええ、決して。
「最悪だ……」
驚いたことに、小娘はなぜか笑い出したのでございます。
「もう、ピスカちゃんったら」
小娘が笑いながら妾の頭を撫でます。
それにしても、この小娘……なかなか図太い。
妾がせっかく抗議してやったというのに、怒るどころか笑っているなんて。
……まあ、よい。
撫でるのなら許してやろう。
妾は寛大なのです。
人間というのは、本当に理解しがたい生き物でありますわ。
──
ある日のこと。
小娘は、いつになく難しい顔をしていましたの。
「今日、友達に今度クレープ食べに行こうって誘われたんです」
「へえ、良かったじゃん」
悠真は、あっさり答えました。
「そうなんですけど……」
「行ってみれば?」
小娘は、いつものように笑ってはいませんでした。
ふむ。どうやら、ただ食べ物を選んでいるわけではなさそうですわね。
クレープとやらは焼き芋よりも美味しいのかしら?
それなら、悩む必要などないではありませんの。おいしいものは、おいしいうちにいただく。それが人生の基本ですわ。
「どうしようか?」
小娘が妾を抱き上げ、問いかけてきました。妾を抱く手には、不安がにじんでおりましたわ。
「にゃあ」
妾は目を見つめ、一声鳴いて差し上げました。
良きにはからえ。好きにすればよろしくてよ?
行きたいのなら行く。嫌なら行かない。
どうして簡単なことを難しく考えるのでしょうねぇ?
──
それから、小娘はしばらく来なくなりましたわ。
いつもなら玄関の扉が開くたびに聞こえてくる。
「こんにちは、お兄様!」
その声が、ここのところ聞こえませんの。
悠真は相変わらず朝に仕事に出かけ、夜に帰ってくる。
妾の食事も朝夕出てくる。
暮らしは、何も変わらない。
……何も。
変わったと言えば……悠真は何も言いませんが、度々スマートフォンとやらを見つめて心配そうな顔をしていました。
妾は窓辺に座り、向かいの家を眺めていました。
小娘の姿は見えませんわね。
日が傾き、窓から差し込む光が少しずつ移動していく。
妾はその場を動かず、じっと見ておりました。
別に、小娘を待っているわけではありませんわ。
ただ、窓辺は日当たりがよろしいのです。
それだけのこと。
──
そして、西日が射し込む暑い夕方……玄関の扉が開き、
「……お邪魔します」
聞き慣れた声がしましたわ。
微睡んでいた妾は思わず顔を上げました。
──小娘がいる。
いつものようにやって来て、悠真といくつか言葉を交わした後、妾を見つけると、そっと近づいて頭を撫でました。
「ピスカちゃん、ただいま」
……ただいま?
あら、ここは、そなたの家ではありませんわよ。
そう思ったのに、小娘が妾を撫でる手は、いつもより安心に満ちていました。妾は目を閉じ、喉を鳴らしましたわ。
「ここ、君ん家じゃないぞ」
悠真の声がする。
「でも……帰ってきた気がしたんです」
小娘は、そう答えた。
妾には、人間の事情などわかりません。
どうして来なくなったのか。
なぜ、またここへ戻ってきたのか。
どうでもよいことばかりですわ。
けれど、小娘は今、笑っている。
悠真も、やっと笑顔を見せました。
それでよいではありませんの。
妾は小娘の腕の中で、ゆっくりと目を閉じました。
……まあ。
帰ってくる場所があるというのは、悪くないものですわね。
やれやれ。
それにしても……猫もそうですが、人間も随分と気まぐれですわねぇ?
──続きますわ
コメント
5件
パズルのところ、抗議(?)してたんですね🤭 千夏さんが家に遊びに来なくなった時は「待っているわけではない」と言っていましたが、ちょっと寂しそうにしてて可愛かったです。
ピスカ、千夏ちゃんのこと小娘なんて呼んでいたんですね。本編のかわいいリアクションとのギャップがすごい。高貴な猫って感じです。続き楽しみにしています。
おお、ピスカさんのツンデレ具合が絶妙で、もうもう♡「嫉妬ではありませんのよ」と連発しながらしっかり嫉妬してる感じが可愛すぎます!千夏ちゃんの「ただいま」に「ここはそなたの家じゃありませんわよ」と思いながらも喉を鳴らしちゃうところとか、もう完全にお母さん猫じゃないですか(笑)。クレープの話で悩む千夏に「好きにすればよろしくてよ」と突き放すようなことを言いながら、結局帰ってきた時は嬉しそうにしてるのがたまりません。人間よりもずっと人間を見てるピスカの視点、とても素敵な番外編でした🤍