テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
5件
かつおだしに喜んでたピスカ様、可愛かったです。大家さんは優しくていい人ですね……別れるときは寂しそう。 新しいお部屋で、寒くてダンボールの中でくるまっているのも、可愛かったです🥰️
大家さん、本当にいい人。ピスカがマダムと呼んで敬意を表しているのわかります。かつおだしのカリカリも焼き芋ももらえて、大切にお世話されていたんですね。 もちろん悠真さんもピスカが大切でしょうけど、群馬に着いてから、部屋で暖房のスイッチを入れ、暖まるまでピスカ寒いですね。今回もとても面白かったです。
ああ〜、ピスカちゃんの番外編、今回も最高でしたわ(笑)!マダムとの関係がめっちゃほっこりする〜。「かつおだしのカリカリに屈したわけじゃない」ってツンデレるところとか、焼き芋食べた後の虚無感に共感するところとか、ピスカちゃんのキャラが立ってておもろい。そして最後の「くしゅんっ!」で終わるのズルいわ。続きが気になりすぎる!群馬、寒そうやな…
第三話『妾とマダム』
東京のアパートに暮らすようになって三年。
悠真との生活にも、すっかり慣れましたわ。
朝は日当たりのよい窓辺でひなたぼっこ。お腹が空けば食事を催促し、眠くなれば好きな場所で眠る。
まことに優雅な毎日でございます。
そんな妾には、もう一人、親しくしている人間がおりました。
アパートの大家さん。
妾は、その方を「マダム」とお呼びしております。
マダムは年配の女性で、いつもどこか、お日様の香りがいたしました。
干したてのお布団のような、あたたかくて、ほっとする香り。
妾は、あの香りが大好きなのです。
──
思い返せば。
あれは、悠真がこのアパートに越してきたばかりの頃のこと。
「大家さん、実はこの子を連れてきたんですが……」
悠真が申し訳なさそうに差し出したのは、キャリーケース。
中にいた妾は、これから何が起こるのかと、のんびり周囲を眺めておりました。
すると、マダムは妾の顔を見るなり、目を輝かせたのです。
「まあ……なんて可愛らしい猫ちゃんなの!」
ふふん。
当然ですわ。
「でも、ペットは禁止ですよね?」
悠真が遠慮がちに尋ねると、マダムは少しも迷わず答えました。
「ええ、ええ。分かりました。大丈夫ですよ」
「……え?」
「規約を変更しましょう」
……人間というものは、実に単純ですわね。自分たちで決めた規則を、自分たちの感情ひとつで変えてしまうのだから。
妾の美しさは、時に規則さえ変えてしまうのですわ。
それ以来、マダムは時折、悠真の部屋を訪ねてくるようになりました。
「ピスカちゃん、今日も可愛いわねえ」
そう言って、妾を抱き上げます。
もちろん、妾は安い女ではございません。誰にでも抱かれて差し上げるわけではございませんのよ。
しかし、マダムの手はなかなかよろしい。
撫で方も丁寧ですし、何より、お日様の香りがいたします。
妾は特別に、抱っこを許してあげているのです。
──
悠真が実家へ帰るときなどは、何日か預かっていただくこともありました。
マダムのお宅で過ごす時間も、悪くありません。
おやつをいただけることもございますしね。
「お芋が好きなんて、変わった子ね」
焼き芋を分け合っていただいたこともございましたわ。
焼き芋……素晴らしい食べ物ですが、一つだけ欠点がございますの。
それは「食べれば無くなる」こと。
当たり前?食べ終えた後の虚無感が違いますのよ。
ねえ…マダム、もう少しご相伴に与ってもよろしくて?
「ふふっ、あと一口だけよ」
マダムの手に乗せられた黄金色のお芋は、とても甘露でしたわ。
──
ところで。
マダムには、ひとつ気になることがあるようでした。
「最近、佐藤くんのお部屋に向かいの女の子が、よく来ているわねえ」
ある日、そんなことを口にしたのです。
女の子とは、もちろん小娘──千夏のことでしょう。
マダムは、小娘がアパートを出入りする様子を見かけるたび、何やら気にしているご様子。
まったく、放っておけばよろしいのに。
小娘は悠真に会うと、いつも嬉しそうにしております。
悠真も、なんだかんだと言いながら、あの小娘には甘いのです。
人間というのは、どうしてこうも他人のことが気になるのでしょう。
妾には、さっぱり分かりませんわ。
──
さて。
そんな東京での暮らしにも、終わりが近づいてまいりました。
悠真が群馬へ引っ越すことになったのです。
新しい住まいが整うまで、妾はマダムのお宅で預かっていただくことになりました。
悠真と離れるのは、少々不本意ではあります。
食事の世話をする者がいなくなっては困りますからね。
でも、マダムのお宅なら安心です。
お日様の香りがいたしますし。
そこで妾は、思いがけない幸運に出会ったのでございます。
「ピスカちゃん、ごはんですよ」
マダムが差し出したのは、いつものカリカリ。
……と思いきや。
何やら、よい香りがいたします。
よく見れば、カリカリの上に、スープがかかっているではありませんか。
「これはね、かつおだしなのよ。味つけはしていないから、安心してね」
かつおだし。
なんと、魅惑的な響きでしょう。
しかし、妾も誇り高き猫。
ゴミ箱を漁っている野良猫と違いましてよ。
口にしたこともないものを、何でも喜んでいただくわけにはまいりません。
妾は慎重にひと口。
……。
……これは。
もうひと口。
……。
…………。
マダム。
これは、なかなかのものでございますわね。
妾は夢中で食べ進めました。
「おいしい? よかったわあ」
マダムが嬉しそうに笑います。
勘違いなさらないでくださいませ。
妾は、マダムの顔を立てて差し上げているだけですわ。
決して、かつおだしの魅力に屈したわけではございませんの。
ただ、せっかく用意していただいたものを残すのは、失礼にあたりますでしょう?
「ピスカちゃん、きれいに食べたわねえ」
「にゃあ」
……明日も、お願いしてもよろしいかしら。
──
ある日のこと。
マダムは妾を膝に乗せ、ゆっくりと背中を撫でながら、ぽつりとつぶやきました。
「一人で暮らしているとね、時々、寂しくなることがあるのよ」
妾は耳を動かしました。
「昔はね、家に帰っても誰かしらいたの。でも今は、ただいまって言っても返事がないでしょう?」
マダムの手が、少しだけ止まりました。
「年を取ると、できないことも増えるしね。これから先、どうなるのかしらって、考えることもあるのよ」
……ふむ。
人間というのは、ずいぶんと先のことまで心配するものですわね。
まだ起きてもいないことを考えて、寂しくなったり、不安になったり。
まったく、忙しい生き物です。
妾など、明日のことさえ考えません。
お腹が空けば食べる。
眠くなれば眠る。
寒ければ暖かい場所へ移動する。
それでよいのですわ。
妾はマダムの膝の上で、くるりと身体を丸めました。
そして、喉を鳴らします。
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
「ふふっ。ピスカちゃんはいいわねえ。悩みなんて、なさそうだもの」
……悩みがないわけではございません。
今日のカリカリに、かつおだしがかかっているかどうか。
次に焼き芋が食べられるのは何時なのか。
それは妾にとって、重大な問題なのですから。
妾は顔を上げ、マダムを見つめました。
「にゃあ」
マダム、人生ケ・セラ・セラですのよ。
マダムは一瞬きょとんとし、それから、くすくすと笑い始めました。
「そうねえ。あんまり考えすぎても、仕方ないわね」
そう言って、また妾の背中を撫でてくれました。
どうやら、少しは元気が出たようです。
人間を慰めるというのも、なかなか大変な仕事ですわね。
妾は猫でございますから、難しいことは分かりません。
ただ、暖かい場所で、気持ちよく眠る。
おいしいものを食べる。
甘えたいときには、甘える。
それだけで、案外、毎日は悪くないものですわ。
マダムにも、そう思っていただけたなら何よりです。
──
そして、とうとう。
悠真の新しい住まいが整い、妾がマダムのお宅を離れる日がやってきました。
「ピスカちゃん。元気でね」
マダムは妾を抱き上げ、ぎゅっと胸に抱きしめました。
……少々、力が強すぎますわね。
妾は苦しくなり、身じろぎしました。
けれど、マダムの顔を見上げると、その表情がいつもと違うことに気づきました。
笑っているのに、どこか寂しそうなのです。
……そうですか。
マダムも、少し寂しいのでしょうね。
まあ、無理もありませんわ。
これほど可愛らしい妾がいなくなるのですもの。
妾は小さく喉を鳴らしました。
今日だけは、この抱擁を許して差し上げましょう。
「ありがとうね、ピスカちゃん」
……やれやれ。
やっと厄介な居候が出ていくというのに、なぜ寂しそうな顔をなさるの?
マダム。
妾は、もう一度だけ、ゴロゴロと喉を鳴らしました。
それから、悠真のもとへ戻ったのでございます。
こうして、妾の東京暮らしは幕を閉じました。
──
──そして。
新幹線に揺られること、ほんの一時間ほど。
妾たちは、群馬の地に降り立ったのでございます。
キャリーケースから出された妾は、新しい住まいを見回しました。
新しい部屋。
新しい匂い。
新しい景色。
……と、ここまではよろしかったのです。
問題は、その先でした。
「にゃあぁ……!」
……さ、寒いですわ!
暖房がまだ入っていない部屋。
床から伝わる冷気。
窓の外には、東京とは違う景色が広がっております。
妾の毛が、ぶわっと逆立ちました。
悠真!
これは、いったいどういうことでございますか!
お日様の香りがするマダムもおりません。
かつおだしのカリカリもございません。
もちろん、小娘もおりません。
あるのは、ただ、寒い部屋だけ。
……恐るべし、群馬。
妾は悠真を見上げ、抗議の声を上げました。
「にゃあああ!」
悠真!早く暖房を入れてくださいませ!
「はいはい。今、エアコンつけるから」
悠真は苦笑しながら、暖房のスイッチを入れました。
しかし、暖かい風で部屋が温まるまでには、まだ少し時間がかかるようです。
妾は引越し荷物を出した段ボールの中で丸まり、身体を小さく縮めました。
東京が恋しいわけではございません。
マダムが恋しいわけでも……。
……いえ。
かつおだしのカリカリは、少々恋しいかもしれませんわね。
妾は、ぶるりと身を震わせました。
「……くしゅんっ!」
──続きますわ。
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
#ヤクザ
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
3,712
#強引
#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
3,005