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目が覚めたのは、玄関の開く音だった。
時計を見ようとする腕が上がらない。
昨夜、晃司に蹴られた脇腹が膨れていて、呼吸するたびに痛んだ。
寝返りも打てない。背中は床と一体化しているようだった。
「……また、朝か」
呟いた声が、自分のものとは思えなかった。
喉が焼けたように痛い。言葉の重さが、声帯から落ちきらない。
頭が朦朧としている。熱もあるかもしれない。
けれど、それが風邪なのか、打撲のせいなのかはもうわからない。
制服を着る、という発想にさえ辿りつけない。
ただ、起きられない。
動けない──それだけの理由で、遥は「休む」ことにした。
「……サボりじゃねぇし」
誰にも聞かれていないのに、そう呟いて、布団に顔を埋めた。
携帯は開かなかった。
日下部からの通知がまだ未読のままだったが、それさえももう、どうでもよかった。
家にいることが安全なはずはないのに、それでも学校に行くよりマシだと思ってしまう朝がある。
今日がその日だった。
しばらくして、玲央菜の足音が廊下を通り過ぎた。
「……あら? 学校、行かないの?」
声がする。
わざわざドア越しに、紅茶を片手に、楽しげな調子で。
遥は返事をしない。
すれば何かが始まってしまうとわかっていた。
「ふうん……じゃあ、今日の夜は、いつもより時間かけられるね」
──結局、どこにも逃げ場なんてなかった。
ただ今日は、学校という地獄のシフトを、家側に渡しただけだった。
しばらく目を閉じる。
だが、眠りはこなかった。
身体は動かないのに、思考だけがぐるぐると回り続けていた。
「……また、“あっち”の番かよ」
呟きは、息に溶けて消えた。