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二度目に店を訪れたのは、舜太自身、明確な理由を持たないままだった。ただ、あの夜の酒の味と、あの涼しげな目元が、頭のどこかに引っかかったまま離れなかった。
「──また来たんだ」
カウンターの向こうから、柔太朗が驚いた素振りも見せずに言った。舜太はその余裕ぶった態度に、少しだけ悔しさを覚えながら、前回と同じ席に腰を下ろす。
「暇なんで」
「そう。──じゃあ、暇な人に、とっておきを一杯」
慣れた手つきでシェイカーを振る柔太朗の所作を、舜太はぼんやりと眺めていた。無駄のない動き、儚げな横顔。ただ酒を作っているだけのはずなのに、その一挙一動に、目を離せなくなる何かがある。
「──今日の格好、いいね」
不意に投げかけられた一言に、舜太は顔を上げた。
「え?」
「そのジャケットの襟の抜き方。──普通の人がやると野暮ったくなるやつなのに、舜太くんはちゃんと様になってる」
さりげない、けれど的確な褒め言葉だった。舜太はファッションについて、誰かにそこまで具体的に言及されたことがなかった。かすかな照れくささを覚えながら、平静を装う。
「──よう見てますね、そういうとこ」
「職業病みたいなものかな。──綺麗なものには、目が行くタイプなので」
その言い方に、まるで舜太自身を「綺麗なもの」の側に含めているような響きがあって、舜太は思わず言葉に詰まった。柔太朗はそれに気づいているのかいないのか、素知らぬ顔でグラスを差し出してくる。
「今日のカクテル、名前あるんですか」
「さあ、なんだろうね。舜太くんが決めていいよ」
「無責任やな、それ」
「無責任じゃなくて、委ねてるの。──そういうの、嫌い?」
意味深な視線とともに問われ、舜太は喉の奥が、微かに熱くなるのを感じた。何気ない会話のはずなのに、柔太朗の声色ひとつで、まるで違う意味を含んでいるように聞こえてしまう。
閉店間際、他の客がすべて引けた後、柔太朗はグラスを片付けながら、何を思ったのか、ふと舜太のすぐ隣に腰を下ろした。距離の近さに、舜太の心臓が小さく跳ねる。
「今夜は、付き合わなくて大丈夫?」
わざわざ隣に座って耳元に落とされた囁きは、低く、そして甘やかだった。息がかかるほどの距離に、舜太は反射的に身を強張らせる。
「………もう、大丈夫ですけど」
「強がらなくていいのに。──ここでは、誰も舜太くんのこと、否定しないから」
その言葉の柔らかさに、舜太は思わず目を閉じそうになった。誰かにここまで無防備に近づかれることに、慣れていないはずだった。それなのに、拒む気持ちが、少しも湧いてこない。
「柔太朗さんって、こういうの、みんなにやってるんですか」
「みんなには、やらないよ」
即答だった。その短い一言に、舜太の胸の奥が、じんと疼く。柔太朗はそのまま、悪戯っぽく目を細めて続けた。
「──気になる人にしか、しない」
その言葉が、社交辞令なのか本気なのか、判断がつかなかった。だが、判断がつかないことそのものが、舜太をますます惹きつけていく。誘惑されているのだと、頭の片隅では理解している。それでも、この甘やかな罠から抜け出したいとは、少しも思えなかった。
「ずるいですよ、そういうの」
「知ってる」
柔太朗はそう言って、悪びれもせず微笑んだ。舜太はその笑顔に、簡単に、完全に、搦め捕られていく自分を感じながら、それでも小さく笑い返す。
「──俺、結構、単純な男なんで。気ぃつけてくださいね」
「単純な方が、扱いやすくて助かるけど」
「言い方」
軽口を叩き合いながらも、舜太の中では、確かな熱が灯り始めていた。荒れていた心を埋めるための、その場しのぎの関係のはずだった。だが、この誘惑の心地よさに、少しずつ、後戻りできない場所へと引き込まれていく予感を、舜太はうっすらと感じ取っていた。
窓の外では、夜の帳はとうに下りて、静けさだけが残った。柔太朗はもう一杯だけ、と舜太にグラスを差し出す。断る理由など、舜太にはどこにもなかった。