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#学園
キュルノ
672
前職は舞妓
425
霊感が消え、普通の女子高生に戻ってから数ヶ月が経った。私の日常は、いい意味で「退屈」になった。
通学路の途中で天井を泳ぐ幽霊に遭遇することもないし、夜中に事件現場で冷たい死者の記憶に苛まれることもない。ただただ平和で、穏やかな時間が流れている。
「ねえ渚ちゃん、これ食べたことある? 新商品のタピオカミルクティー!」
放課後。街のカフェで、莉子ちゃんが大きなストローを指差しながら目を輝かせた。
かつては「事件の協力者」「不思議ちゃん」なんて変なフィルターで周りから見られていた私だけど、今の私はすっかりクラスの普通の女の子として馴染んでいる。変な気負いも、誰かを恐る恐る遠ざける必要もない。
「うん、美味しそう。今度それにしよっかな」
「でしょでしょ! あ、そういえばさ、この前のテストの数学の範囲なんだけどさ……」
莉子ちゃんの弾むようなお喋りを聞きながら、私はストローでアイスティーを口に運んだ。
他愛のない女子高生の会話。それがたまらなく心地よかった。
時々、ふと思う。
あんなに怖かった霊感や、痛みを伴う記憶の読み取りがなくなって、寂しくないかと聞かれたら……答えは「ノー」だ。
私はただ、お父さんとお母さんが遺してくれた言葉通り、「自分のための人生」を歩み始めただけだから。
◇
放課後のカフェでおしゃべりを楽しんだあと、私は約束の場所へと歩いて向かった。
待ち合わせの商店街の角。
いつもの、あのくたびれた黒のセダンが、エンジンをかけたままちょこんと路肩に停まっている。
助手席のドアを開けると、そこには相変わらず煙草(最近はミントのガムをごまかしに噛んでいるらしい)の匂いを漂わせた峯岸さんと、後部座席で資料の束に埋もれている佐藤さんがいた。
「……チース。今日も相変わらずガラが悪いね、おじさんたち」
私がドアを閉めながら言うと、峯岸さんはチラリとこちらを見て、ふっと口元を緩めた。
「おう。待たせたな、普通の女子高生(笑)」
「もう! 茶化さないでくださいよ、峯岸さん」
私がむっと眉をひそめると、後部座席から佐藤さんがひょっこり顔を出した。
朗らかな笑顔には、以前のような頼りなさは少しだけ薄れ、立派な刑事の顔つきが板についてきている。
「いいじゃないですか渚ちゃん! 普通の女子高生ライフ、満喫してます?」
「うん、すごく楽しい。毎日平和だよ」
私がバッグを膝の上に置くと、峯岸さんはダッシュボードからチラシを一枚引っ張り出して、私の前にヒラヒラと見せた。
「平和なのは結構だがな。……今日の放課後の捜査協力費(※ただの買い出し)の行き先は、お前が決めろ。普通の女の子らしく、行きたい店があるんだろ?」
「ほんとに? じゃあ、新しくできたパンケーキの専門店がいい!」
「パンケーキ……? 野郎三人(俺と佐藤と、あと一応……)で並ぶのか……?」
峯岸さんが盛大に嫌そうな顔をする。佐藤さんは「俺、甘いもの大好きです! 行きましょう!」と大賛成だ。
「えー、ダメ? せっかくの『普通の女子高生のお願い』だよ?」
私がちょっと意地悪く笑ってみせると、峯岸さんは観念したように大きなため息をつき、それからフッと優しく笑った。
「……はいはい、分かりましたよ。お嬢様のご所望なら、どこへでも付き合いますって」
エンジンが軽快な音を立てて響き、黒いセダンは夕暮れの街へと滑り出していく。
窓の外を流れる景色は、どこにでもある普通の街並みだ。
もう私の頭の中に、名もなき死者の悲鳴や、冷たい恐怖が流れ込んでくることはない。
だけど、私の隣にはいつも、この不器用で、ガサツで、だけど誰よりも温かいふたりの大人がいる。
私は窓の外に沈んでいく夕日を見つめながら、心の中でそっと微笑んだ。
(お父さん、お母さん。私、今すごく幸せだよ)
新しい日常を乗せた車は、笑い声と一緒に、明日へと続く道をまっすぐに走っていった。
コメント
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第31話、読み終えました。霊感が消えて「普通」になった渚ちゃんの日常が、本当に穏やかで温かくて……。あの怖い記憶がなくなった代わりに、峯岸さんや佐藤さんとの何気ないやりとりがこんなにも愛おしく描かれているのが、たまらなく好きです。「普通の女子高生のお願い」に渋々付き合う峯岸さんの優しさに、じんわりきました。幸せそうな渚ちゃんが見られて、こっちまでほっこりしましたよ。