テラーノベル
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fu view___________
時間の感覚が、うまく掴めなかった。
窓の外の灯りはとうに沈んで、部屋の中で響くのは時計の音と、りもこんの浅い呼吸の音だけ。
彼をベッドに寝かせれば、縛っていたはずの腕元は染み切ってヒタヒタと濡れていた。
fu(…まだ、……血がちゃんと止まってない)
止血しないと、でも、包帯が無い。
だってこんな大怪我、普通はしない。
それも、よりによって自分で傷をつけるなんて。
とっさに机の引き出しをひっかき、台所に向かう。
冷たい水道が、自分の気を引き締めてくれるような気さえする。
当たり前のものに対して、こんなにありがたいと思ったことはなかった。
濡れタオルで額を拭くと、微かにりもこんの眉が動く。
fu(……生きてる。)
ただそれだけを、何度も何度も確認していた。
緊張で呼吸が浅くなってるのに、吐くことも忘れてた。
音を立てないように椅子を引き寄せて、りもこんの顔を覗き込む。
fu「……なんで、だよ」
その声は、誰にも聞こえない。
たとえ本人が起きてたとしても、届くような音量じゃなかった。
なんで、なんで?なんでなんだ、本当に、なぁ、
なんでお前なんだ、なんでお前、知らないところで苦しんでるんだ。
なんで1人でいたんだ、なんで呼んでくれなかった。
俺じゃなくてもよかった、お前の安心できる奴でよかった。
なんで誰かに手を伸ばしてくれなかった。
fu(………なんで早く気づけなかったんだ。)
どうしてもっと、りもこんの様子を見てやれなかったのか。
叱責が胸を刺すけれど、今はそれを向ける相手を間違えていることはわかっている。
怒りは外へ、外へ。
fu(………元凶がいるなら、相手はあのクラスの連中だ。)
証拠なんてない。俺は探偵じゃないから、集める技術もないし、そんな余裕もない。
ただ聞いたことがある。教室の陰でコソコソと、りもこんのことを悪くいう奴ら。
しょうもない奴らだ、ああいうのは。だから、放っておいた。
多分、それがいけなかった。
冷たいタオルで傷口を押さえ、無理やり止血を試みる。
ふうはやの指先が血で染まるたび、心臓の奥で何かがわりと確実に途切れかける。
fu(…大丈夫だなんて、言わせないからな)
なあ、頼むぞりもこん。
起きてすぐ、大丈夫だなんて言ってくれるなよ。
今は大丈夫なんかじゃない。だから頼むから、起きたらちゃんとお前を教えてくれよ。
いつかちゃんと、本当の意味で大丈夫だと言わせてやるから。
そのために、おれも、ここで折れないから。
震える手でスマホを取り、かざねにだけ短くメッセージを打つ。
本文は不要だった。「俺の家に来てくれ」の一言だけ。
送信ボタンを押した指さえ震えて、送信履歴が小さく光った。
返事の間隔が長く感じられる。心配で体が宙に浮く感覚がした。
rm「……っぁ、……ぅ、」
fu「っ、!!」
りもこんの声がかすかに響いた、が、違う、魘されているだけだ。
起こすべきか?いやわからない。
止血に使ったタオルを一度洗いに行き、洗面所で絞る。
りもこんの汗と血が混ざっている。
その匂いさえ、これ以上嫌いになりたくなかった。
再び彼の腕の止血を試みようとタオルを当てた時、りもこんの手が微かに動く。
起きているのか、……いや、寝ている。
ただ、人を探すように、宛もなくゆらゆらと動いている。
指先がふうはやの袖を掴もうとした。握り返す。
彼の手は冷たく、小さく震えていた。
……そうしてどれくらい経っただろう。
玄関のドアが開く気配がした。
一瞬、心臓が跳ねる。音に過敏になっていたせいだ。
fu「……き、た?」
声を抑えたまま、立ち上がる。
足音を殺してドアを開けると、そこには、
kz「……ふうはや……」
かざねは片手に袋を持って立っていた。
なんてことなさそうな顔をして、けれど俺の顔を見て、ほんのり顔をこわばらせた。
fu「……かざね」
kz「……ごめん、遅くなった。…会う予定だったから、しゅうとも呼んじゃったんだけ、ど、」
kz「…………まず、かった、?」
fu「……うぅん、…ありがと、」
全然まずくない。むしろありがたいんだ。
泣きそうだった。本当に助けて欲しいのはりもこんのはずなのに、俺が助けてと言うところだった。
実際、しがみついて泣きたかった。
袋の中にはおにぎり、ドリンク、コンパクトなお菓子がいくつか。
何も言わずに差し出すその手が、わずかに震えている。
kz「……何があった?」
fu「…今、奥でりもこんが寝てるから」
kz「……」
自分の一言で、かざねの顔に深刻さが浮かび上がる。
靴を脱いで、静かに部屋に入るなり、ベッドの上のりもこんを見つめた。
kz「……顔、真っ白」
kz「…なに、怪我してんの、?」
沈黙。
答えない俺に、かざねが振り返った。
何かを理解したような、されど理解したくないような様子で、かざねが確かめるように問う。
kz「…………リスカ?」
fu「…多分」
kz「…いつから」
fu「わからん」
かざねが息を呑む。大方、俺なら大体知っていると踏んだのだろう。
単的な会話ではきっとかざねも満足できない。でも俺だって、見たことそのまま言うしかできない。
憶測でものを語ってはいけない。こういうのは、特に。
fu「…ごめん。俺も今日知った、…ていうか、古い傷は見えないから」
fu「……多分、…本当に多分、今日が初めて、かも」
kz「………」
fu「血は少し止まった。殆どは浅い傷だけど……、ぃや」
fu「浅い、って言葉が、あんまり慰めにならねぇな」
かざねが小さくため息をつく。
何をどうしたらいいのかなんて、混乱し切った頭ではわからない。
それはきっと、かざねも一緒なのに、縋るように黙ってしまう。
スマホを取り出して、慣れた手つきでどこから連絡をつけるかざね。
kz「一旦しゅうとに連絡しよう。こっちきてるだろうし」
kz「包帯とかいるかな」
fu「ぁ、そう、…消毒液もない」
kz「おっけ」
率先して動いてくれる彼の存在が、今の自分の支えになっていることは確かであった。
しゅうとが来たのは、その30分後。
相当焦っていたのか、息が切れて、汗も滲んでいる。
shu「ご、ごめ…駅で止まって、」
shu「頼まれたやつ、買ってきた」
fu「しゅうと…!ごめんな、ありがとう」
shu「りもこんは、」
心配そうに揺らぐ赤色の瞳が俺を写した。
なんて言えばいい。心配するなと言うべきか?
……いや、今はそんなこと、…誤魔化しなんて、してる場合じゃないだろう。
fu「奥で寝てる」
入って、と部屋の奥へ案内して、りもこんとかざねのいる奥の部屋へと招き入れる。
部屋の中で、かざねはりもこんの血やら汗やらを甲斐甲斐しく拭いていた。
自分たちが入ってくるなり、顰めた顔を向けて困ったように声を鳴らす。
…内容を聞く前に、嫌な予感が脳裏をよぎった。
kz「………服の裏も、傷だらけだ」
言葉を聞いた瞬間、いてもたってもいられなくて彼のそばに駆け寄る。
起こしてしまうかもしれない、でも、今の言葉は聞き捨てならない。
確かめる、もしかしたら、部屋が薄暗いせいで、かざねの見間違いかもしれないし、
見間違い、
………かも、しれない……し、
fu「………」
shu「………こ、れ……ぁざ、?」
後ろでしゅうとの声が静かに響く。
普段服で隠れる場所、その至る所に、あざ、あざ、あざ、あざ、傷、あざ、あざ、傷、傷、あざ……
fu「…………んで、」
ふつふつと怒りが湧いてくるのがわかった。
どうすればいいんだよおい、なぁ、なあ、
放課後に感じたものよりずっと重たいものがのしかかっている。
誰か頼む、この怒りの矛先を、俺に用意してはくれないか。
shu「………くそ、」
kz「……これは、…やばい、よね」
shu「怒るとかじゃ、ない。けど………悔しい」
fu「……」
shu「ずっと一緒にいたのに、気づけなかったんだ」
りもこんはまだ眠ったまま。
部屋の空気はぬるく、三人の呼吸だけが流れていた。
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