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邪魔者がいない二人だけの生活は、穏やかで幸せだった。抱き締め合いながら眠りにつく夜が当たり前となっていたある日、ニックスの腕の中でエルクが言った。
「ニックス、辛そうな顔をしなくなったね」
「あの頃の俺は、エルクがもしいなくなったら、って不安だったんだ」
「それであんな顔を?」
「あぁ。だけど今は、もうそんなことを思う必要はないからな」
「そうだよ。僕たちは恋人なんだから」
ニックスはこの上ない幸せを感じながら、エルクを抱き締めた。
それから幾日かが過ぎたその朝、ニックスはいつものように鳥のさえずりで目を覚ました。腕の中ではエルクが安心しきった寝顔を見せている。その眠りを妨げないよう注意しながら起き上がろうとして、恋人の背に手を回したままだったことに気づく。そっと腕を持ち上げてエルクの体から手を離そうとした時、彼の肩甲骨の辺りで指先が小さな突起状のものに触れた。
なんだろう――。
ニックスは怪訝に思いながら、その突起の正体を確かめるために手のひらを当ててみた。それは他にもう一か所、背骨を挟んだ反対側にもあるようだ。元からあったものなのか、それともいつの間にやらできていたのか、昨夜までは全然気づかなかった。後でエルクに訊いてみようと思いながら、ニックスはベッドから抜け出そうとした。
ぎしっとベッドがきしむ。
その音に反応してエルクのまぶたがぴくりと動き、眠たげな声が続く。
「おはよう」
「起こしたか。おはよう、エルク」
ニックスはエルクの額に口づける。
「もう少し寝てな。朝飯ができたら呼ぶから」
「それなら僕も一緒に作るよ」
「いいからそのまま横になってな。夕べはちょっと無理させたし……」
言いながらニックスは赤面した。エルクはいつだって愛おしいが、昨夜はいつもよりも抑えが利かなかった。
「それじゃあ、もうちょっとだけ」
エルクはあくびをして再び横になった。
彼の可愛らしい様子に目を細めながらニックスはベッドから離れ、隣の部屋に続くドアを開けた。
朝食が出来上がり、エルクを呼びに行く。身支度を終えた彼と向かい合って席に着き、少し遅い朝食を摂った。
その後は森の奥に向かう。ニックスの仕事に必要な材料を集めるためだ。当然エルクも一緒だ。彼の手には食材などを集めるための籠があった。
それぞれの目的だった収穫物を抱えて、二人は帰路に着いた。途中、それまで頭上を覆っていた木々が途切れて、空が大きく広がって見える場所に差し掛かった。そこから見渡した町の方に何本もの光が見えた。光は灰色の雲の切れ間から地上に向かって伸びていた。
その光はさほど頻繁に見られるものではない。かと言ってそこまで珍しいものでもない。だからニックスはその光景にちらと目をやっただけで、そのまま家に向かって歩き続けようとした。
ところがエルクは足を止めて、町に降り注ぐ光をじっと眺めている。
ニックスは彼の隣に戻って訊ねる。
「エルクはあれを見るのは初めてか?」
「うん、たぶん」
「雲の上に世界に住む天使たちが、あの光の中を通って地上と行き来する、なんていう話がある。色んな呼び名があるらしいけど、この辺の人間はエンジェルラダーとか呼んでるな」
「エンジェルラダー?」
「ま、天使が使う梯子とかいう意味だな」
「へぇ」
「そう言えば、お前を拾った日もあんな光が見えてたな」
「そうなんだ」
エルクは真剣な顔で相槌を打つ。
その様子にニックスはふと胸騒ぎを覚え、彼の顔をのぞき込む。
「エルク?どうかしたのか?」
「うぅん、なんでもない。帰ろう」
エルクはぱっと笑顔を作り、縋るようにニックスの手をぎゅっと握った。