テラーノベル
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阿部と渡辺と別れたあと。
深澤はすぐに家へ帰る気になれなかった。
家へ帰れば、岩本と顔を合わせるかもしれない。
いつもなら早く会いたいと思うはずなのに、今日はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
だから深澤は、あてもなく街を歩き始めた。
___________
最初に向かったのは、昔二人でよく立ち寄っていた小さな公園だった。
仕事帰り。
まだ付き合っていることを誰にも話せなかった頃。
少しだけ遠回りをして、この公園のベンチで話した。
『今日、疲れた。』
そう言うと、岩本はいつも黙って隣に座ってくれた。
何か特別な言葉を掛けるわけでもない。
ただ肩が触れるくらい近くにいてくれるだけで、安心できた。
深澤は空いているベンチへ腰を下ろす。
隣には誰もいない。
「……照。」
名前を呼んでも、返事はなかった。
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次に足を運んだのは、二人で初めておそろいの小物を買った店の前だった。
目立つものは身に着けられないからと、色違いのキーホルダーを選んだ。
岩本は今でも大切に使っている。
(アクセサリーはもらってないけど。)
(思い出なら、いっぱいある。)
そう思った瞬間、喫茶店で流した涙を思い出した。
自分は何が欲しかったのだろう。
指輪やネックレスが欲しかったのか。
それとも、目に見える形で岩本に愛されていると確かめたかっただけなのか。
「俺、面倒くさいな……。」
苦笑した声は、人混みの音に消えていった。
___________
最後に訪れたのは、デビューが決まった日に二人で立ち寄った場所だった。
人目を避けるように並んで立ち、遠くの街の灯りを見ながら喜びを分かち合った。
『これからも一緒に頑張ろう。』
岩本がそう言って差し出した手を、深澤は強く握り返した。
長い年月。
何度も迷いながら、それでも二人でここまで来た。
たった一つの香水と、一つのイヤリングだけで、その時間がすべて嘘になるはずはない。
分かっている。
それでも、不安は消えなかった。
「……信じたいよ。」
深澤は小さく呟いた。
「信じてるのに。」
涙がこぼれそうになり、空を見上げる。
「なんで、こんなに怖いんだろう。」
___________
家へ戻った頃には、もう遅い時間になっていた。
「ただいま。」
静かな部屋から返事はない。
岩本はまだ帰っていなかった。
安堵したような、寂しいような。
自分でも分からない気持ちを抱えたまま、深澤はお風呂へ入った。
温かい湯につかっても、冷えた心はなかなか温まらない。
風呂から上がると、深澤は髪を乾かし、リビングのソファへ座った。
テーブルの上には、岩本が朝残してくれたメモがまだ置いてある。
『ちゃんと朝ご飯食べること。』
その文字を指でなぞる。
思い出すのは、いつも自分を大切にしてくれた岩本の姿ばかりだった。
女の子になった時。
怖くて会えずにいた自分を、岩本は責めなかった。
無事だと分かった瞬間、床に崩れ落ちるほど安心してくれた。
一緒に暮らし始めてからも、何度も「おかえり」と迎えてくれた。
眠れない夜は、何も聞かずに手を握ってくれた。
「照が、俺を裏切るわけない。」
深澤は何度目か分からない言葉を、自分自身へ言い聞かせた。
それなのに胸の奥では、別の声が囁く。
――では、あの香水は誰のものなのか。
――イヤリングは、なぜポケットに入っていたのか。
深澤はソファの上で膝を抱えた。
岩本との幸せな思い出を数えるほど、そのすべてを失うことが怖くなる。
もし自分の想像が当たっていたら。
今までの関係も。
この家も。
何げない「おかえり」も。
全部なくなってしまうかもしれない。
「嫌だ……。」
震える声が、誰もいない部屋に落ちる。
「俺、照と別れたくない。」
まだ何も起きていない。
岩本から何も聞いていない。
それでも、最悪の未来を想像するだけで涙があふれた。
深澤はソファに横になり、岩本が普段使っているクッションを胸に抱きしめた。
わずかに残る、知っている香り。
その匂いに顔を埋めながら、目を閉じる。
思い出せば思い出すほど、愛されていた自信と、失う恐怖が同時に大きくなっていく。
深澤は岩本の帰りを待ちながら、静かなリビングで一人、長い夜を過ごしていた。
___________
ガチャ。
玄関の鍵が開く音で、深澤はゆっくりと目を覚ました。
「……。」
ソファで少し眠ってしまっていたらしい。
ぼんやりと時計へ目を向ける。
時刻は午後十一時五十分。
もうすぐ日付が変わる時間だった。
「ふっか?」
リビングへ入ってきた岩本が、驚いたように立ち止まる。
「こんなところで寝てたの?」
「……うん。」
深澤はゆっくり身体を起こした。
岩本は上着を脱ぎながら深澤を見つめる。
「仕事終わったって連絡あったのに。」
「帰ってくるまで、ずいぶん時間かかったな。」
「何してたの?」
その何気ない一言に、深澤の胸が痛んだ。
(本当は。)
(照との思い出の場所を歩いてた。)
(照を疑いたくなくて。)
(でも不安で。)
そう言いたかった。
でも、口から出たのは違う言葉だった。
「……ちょっと。」
「寄り道。」
「寄り道?」
岩本は少し不思議そうな顔をする。
「最近、遅い日が多いし。」
「心配した。」
その”心配した”という言葉さえ、今の深澤には素直に受け止められなかった。
「照だって。」
思わず口をついて出る。
「毎日帰るの遅いじゃん。」
岩本は少し驚いたように目を見開く。
「それは仕事だろ。」
「ドラマの撮影だって知ってるじゃん。」
「でも。」
深澤は俯いたまま拳を握る。
「何?」
岩本は優しく問い掛ける。
「何かあった?」
その一言で、喉まで出かかっていた言葉がまた飲み込まれる。
『知らない香水って何?』
『イヤリングは誰の?』
『本当に浮気してない?』
聞けばいい。
聞いてしまえば終わる。
でも、もし答えが怖いものだったら。
そう思うと、どうしても言えなかった。
「……別に。」
小さく答える。
岩本は困ったように息をつく。
「別にじゃ分からない。」
「最近ずっと様子がおかしい。」
「何かあるなら話して。」
「話したって……。」
深澤は思わず声を荒げた。
「どうせ話せないことばっかりじゃん。」
岩本の表情が曇る。
「ドラマのこと?」
「守秘義務なんだから仕方ないだろ。」
「分かってるよ!」
深澤は立ち上がった。
「分かってる!」
「分かってるけど……!」
その先の言葉が出てこない。
本当は。
『知らない香水が怖い。』
『イヤリングが怖い。』
『照を失うのが怖い。』
そう言いたかった。
でも、それを口にした瞬間、何かが壊れてしまう気がした。
岩本も少し感情的になる。
「じゃあ何なんだよ!」
「何も言ってくれなきゃ、俺には分からない!」
その言葉に、深澤の中で張り詰めていた糸が切れた。
「……もういい。」
「ふっか。」
「今は照の顔、見たくない。」
その一言に、岩本は息を呑む。
深澤は何も持たず、そのまま玄関へ向かった。
「待って!」
岩本が腕を伸ばす。
しかし深澤は振り返らない。
ガチャッ。
勢いよく玄関のドアを開ける。
「ふっか!」
呼び止める声も聞かず、深澤は夜の街へ飛び出した。
財布も。
スマートフォンも。
何も持たないまま。
バタン。
静まり返った部屋に、ドアの閉まる音だけが大きく響いた。
玄関に立ち尽くした岩本は、自分の手を見つめる。
「……何が。」
「起きてるんだ。」
理由も分からないまま、大切な人が自分の前からいなくなってしまったことだけが、胸に重くのしかかっていた。
コメント
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💛💜のストーリー、🖤💚みたいに強固な絆で繋がってると信じてるけど…幸せになって🖤💚みたいにオープンな交際してしまえば💜から誰も💛にちょっかいかけないかも
深澤の心情描写が細やかで、一つ一つの思い出の場所を巡るたびに胸が締め付けられました。特に「信じてる」のに「怖い」という相反する感情の揺れが、とてもリアルで引き込まれます。最後のすれ違いのシーン、お互いに言いたいことが言えずに爆発するところ、読んでいて苦しかったです。続きが気になります。
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りゅず
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