テラーノベル
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万屋の中で誰よりも平和と平穏を誰より愛している空が何故死と隣り合わせの案件型万屋で休む事なく働いているのかと問われれば答えには必ず美星という少女の名前がついてくる。
というかそもそも空が平和と平穏を愛しているなどと誰一人思わないだろうし、そう演技しているのだから血肉に飢えている戦闘狂くらいに思ってもらわないと困る。そうでなければ空の努力が水の泡になってしまう。
話は戻るが、その少女_美星は空が知る中で一番と言って良いくらいには恐ろしい人間だ。何が恐ろしいかというと、弱点が無い事だ。褒め言葉にも聞こえるがそうでもない。空としては、完璧すぎて弱点のない人間は酷く不気味に感じる。
特に彼女は空とは別の意味で人を虜にする能力が高い。当の自分も彼女の虜となっている。
彼女は戦闘の事と化学の事しか考えていない様に見えるが、実はそうでもなく、コミュニケーション能力が異常に高い。相手との距離をうまく測り、相手が怒らないギリギリで距離を詰める。相手と仲良くなっていく。そこには少しも曇りのない人間関係が築き上げられている。彼女の誰にでも構わず使う敬語も、丁寧に関係を繋いでいると思わせる様にだろう。彼女は自覚していないだろうが。そして自覚していない事がわざとらしさがないという利点になる。
…全く末恐ろしい。
そんな事を考えているうちに束になっていた書類が片付いた。
「美星ちゃん、書類片付いたよぉ。」
私が声をかけると彼女はキャスター付きの回転椅子に座ったままくるりと振り向いた。
「もう片付いたんですか?」
彼女は私から書類を受け取るとパラパラとめくって確認した後、ホチキスでパチンと書類をまとめた。
「書類の訂正はひとつもないですね。」
彼女は頬を緩め
「流石空です。」
と、空の頭をぽんと撫でた。
この数秒で書類を全て確認しきった彼女こと流石だが、褒め言葉はありがたく受け取っておく。
いつものルーティーンとばかりに彼女の目を見つめた。いつもと同じ。即ち、無感情の目だ。彼女と長年一緒にいる空なら分かる。彼女の顔は頬も口も眉も全てが完璧に笑顔が造形されていたが、尊敬も喜びも彼女の目からは伝わってこなかった。きっと空の事なんて流石ともなんとも思っていなかったのだろう。
空は悲しかったが、いつもの周りから人懐っこいと評価される笑顔で返しておいた。
少しの間彼女の目を見つめた後時計を見ると3時を回っていた。任務の時間だ。パソコンを閉じ、支度を済ませる。
「行ってくるねぇ美星ちゃん。」
「いってらっしゃい!気をつけて行ってくるんですよ。」
手を振る彼女に手を振返す。彼女の目からはやはり何も感じられなかった。きっと空の生死なんてどうでも良いのだろう。なんなら、戦いが増えてラッキーとさえ思うかもしれない。彼女は才能があるからから、きっとあと少ししたら空よりもっとずっと強くなる。きっと生涯強くなり続けるだろう。空がいなくなった任務が増えたところで強くなるためのトレーニングとして難なく乗り換えるはずだ。
今日も彼女の頑張れという言葉のために、ありがとうという言葉のために空が大嫌いな戦いに、戦場に自分からむかっている。彼女の言葉は全部嘘かもしれないのに。それでも彼女の言葉はもはや空の生きがいと化している。というか、元々空の生きがいは美星だった。
彼女の嘘かもしれない言葉が空の中で温かくじんわり溶けて広がっていく。
騙されたままの方が幸せでいられる。世の中そういうものかもしれない。
〜 虚栄の星に魅入られて FIN〜
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