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優紀と出会ったのは、もう20年以上前のことだ。
小学生のとき、俺は大企業家の子供にしては珍しく、私立のエスカレーター校ではなく、地元の公立に通った。
親が子供のうちから特権意識を植えつけたくない、と考えていたんだろう。
三人の兄も、みな同じ小学校出身だ。
そして小学5年のとき、同じクラスになった優紀の兄、加藤浩太郎と仲良くなった。
席替えで隣の席になり、同じ漫画が好きなことがわかって、あっという間に打ち解けた。
「うちのおじいちゃん、本屋なんだよ。遊びにくる?」
ある日、浩太郎に誘われてはじめて行った高木書店はまさに天国だった。
なにしろ、漫画が読み放題。
無口なおじいさんはちょっと怖かったけど、おばあさんの藍子さんは優しくてきれいな人で、玲伊ちゃん、玲伊ちゃんと言って、とても可愛がってくれた。
そして、高木書店で遊ぶときはいつも、優紀が一緒だった。
俺が小5だったから、優紀は小1。
とっても小さい、さらさらの長い髪がきれいな、可愛い女の子だった。
人見知りが激しいらしく、初めのころは俺とはあまり話もせず、いつも浩太郎の陰に隠れていた。
でも、それは、はじめだけのことだった。
数カ月経つと、すっかり打ち解けて「玲伊おにいちゃん」とちょっと舌足らずな口調で話しかけてくれるようになった。
浩太郎はいつも優紀を邪魔もの扱いしていたけど、俺は彼女に絵本を読んであげたり、宿題を教えてあげたりしていた。
俺を見つけると懸命な顔で駆け寄ってくる優紀は、とにかく、けなげで|愛《いと》おしかった。
末っ子だった俺は、妹ができたみたいで嬉しかった。
そんなある日。
二階の藍子さんの部屋で遊んでいたときのこと。
そのとき、なぜか浩太郎はそばにいなかった。
藍子さんに手伝いを頼まれていたのかもしれない。
そのころから手先が器用だった俺は、その後も一階の店舗からヘアアレンジの本を持ってきて、複雑な編み込みもマスターした。
「可愛いな」
俺がほめてやると「うん、この髪、可愛いから好き」と本当にうれしそうに顔をほころばせた。
頬がピンクに染まって、少し恥ずかしそうに微笑む優紀の顔は今でも覚えている。
ああ、なんて可愛いらしい顔するんだろう。
髪を結んだことで、優紀からそんな表情を引き出せたのが、なんだかとっても誇らしかった。
そして、そんな彼女を抱きしめたくて仕方がなかった。
そんなことをしたら、驚いて泣き出すかもしれないと思って、必死に気持ちを抑えたけれど。
クラスの女子には感じたことのない、生まれてはじめての衝動で、自分のことながら、ものすごくとまどった。
今にして思えば、あれは俺の初恋だったんだろう。
とはいえ、当時は小学6年と小学2年。
もちろんそれ以上の進展はなく、中学から私立の男子校に通うことになり、浩太郎と遊ぶ機会はめっきり減り、必然的に優紀と会うこともなくなった。
ふと、優紀の長い髪が陽の光を浴びてきらめいているのが目に入ってきて、無性にその髪に触りたくなった。
でもただ「触らせて」と言ったら、さすがに引かれるだろうと思い「髪、結んであげるよ」と言った。
優紀はちょっと驚いた顔をしていたけれど、素直に鏡台の前に座った。
まったく、子供ながらに良い口実を思いついたものだ。
まったく癖のない、本当に綺麗な髪だった。
細くてまっすぐで。