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再会したのはそれから6年経ったあと。俺が高校3年で彼女は中学2年のときだった。
久しぶりにあの店に参考書を買いに行くと、たまたま優紀がいた。
「久しぶり。優ちゃんが店番?」
「おばあちゃんが買い物に行っている間だけですけど」
優紀ははにかみながら、そう答えた。
制服のブレザー姿の彼女はすっかり大人びていて、目にしたとたん、ドキッとしたのを覚えている。
あの、小さかった優ちゃんが……
でも、その再会は懐古的な感傷をもたらしただけでなく、俺の人生を大きく変えるきっかけになった。
そのころの俺は進路に悩んでいた。
担任も親も四年制の大学に行くのが当然というスタンスだったし、三人の兄たち同様、将来、会社の一翼を担うことを念頭に、経済か法科を受験すべきなんだろうなと、漠然と考えているだけだった。
でも、気が進まなかった。
それが自分のしたいことかと言われれば、答えはノーだったから。
だから受験勉強にも身が入らず、模試の成績もパッとせず、三年になってから、ずっと気持ちがもやもやしていた。
俺は優紀が座っているレジに行き、手に持っていた数冊の赤本を差し出した。
「さすが、玲伊さんですね。難関校ばっかり」
「いや、まだ、どこを受験するか決めてないけどな」
「お兄ちゃんに見習わせたい。漫画ばっか読んでて、ぜんぜん勉強してないから」
本を袋に入れながら、優紀はにこやかに話し続けた。
「玲伊さんはやっぱり会社を継ぐんですか? お父さん、大きい会社の社長さんなんですよね。お兄ちゃんに聞きました」
「どうかな。兄が三人いるしね」
すると、優紀はなにかを思い出したのか、ふっと微笑んだ。
「何?」
「わたし、玲伊さんのおうちのこと、ぜんぜん知らなかったから、玲伊さん、美容師さんになるんだろうなとずっと思ってて」
「美容師? なんで?」
「いつもここでわたしの髪、結んでくれていたから。でも、そんな訳ないですよね」
ああ、そうだった。
優紀の言葉がきっかけとなって、しばらく忘れていた小学生時代のことが脳裏によみがえってきた。
さらさらした髪の感触や、結び終わったあと、はにかみながらも満足そうに鏡のなかの自分を見つめる表情を。
まるで目の前の霧が晴れていくような瞬間だった。
そうか。
自分が本当にやりたいことがわかった。
俺は美容師になりたいんだ。
「わたし、いつもとっても嬉しかったんですよ、玲伊さんに髪を結んでもらって」と微笑む彼女が、なんだかとても|眩《まぶ》しく見えた。
「優ちゃん、ありがとう」
「えっ?」
ただ礼だけ言って、本を持たずに店から出ていこうとする俺を、優紀はきょとんとして見つめ返していた。
「俺、美容師になりたい」
そう希望を伝えると、親は当然、反対した。
それでも俺はねばって説得しつづけた。
最終的に親のほうが根負けして、しぶしぶ了承した。
だが学費は一切出さないと言われた。
それでもやりたいのなら、勝手にしろ、と。
そこで俺は貯金を全部つぎ込んで株取引をはじめ、1年間で利益を上げ、学費を捻出。
その後、無事、専門学校を卒業し、国家試験にも合格することができた。
つまり、優紀は俺を美容師にしてくれた恩人だ。
それなのに……
去年、大人になって再会した優紀はまるで別人のようだった。
いつでもきらきらと輝いていた目はすっかり光を失ってどんよりしていて……
小学生のときも中学生のときも、俺の心をざわつかせた優紀はどこにもいなかった。
心に傷を負っているのは一目瞭然だった。
なんとかしてやりたい。
昔の輝きを取り戻してやりたい。
けれど、何度、あの店に通っても、優紀はいつもよそよそしく、かたくなな態度を崩そうとはしない。
何か、この硬直状態を変えるきっかけが欲しかった。
そう思っていた矢先、KALENから今回の話が来た。
そうだ、優紀をモデルにすればいい。
紀田さんから企画のプレゼンを受けている最中、俺の施術を受けて美しく変身した優紀の姿がありありと脳裏に浮かんでいた。
どうしてこんなに気持ちが駆り立てられるのか、その頃の俺はまだ、はっきり自覚してはいなかったのだが。