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#ざまぁ
にゃみ3
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鷹槻れん

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「フレイア! お前には聖女の自覚がないのか!」
唸るような怒声が王室の一室に響き渡る。
鋭い金色の眼差しで私を射抜くのは、ロストン帝国皇太子エリック・ロストンだ。
「私がいつ聖女になりたいって頼んだというの? そんなの、こっちから願い下げよ!」
「何だと? よくもそんな口がきけるものだな!」
「聖女なら、そこの娘だけで十分でしょ? 私のことは放っておいて!」
私はエリック殿下の横に立つ女性に視線を滑らせ、鋭く睨みつける。
華やかな金髪を揺らしたレティシアは、私と目が合った瞬間、小さく肩を震わせると、怯えたように目を伏せた。
この部屋にはエリック殿下とレティシアの他に、数名の神官と従者が控えている。
緊急の要件だ言われ、わざわざ王室まで足を運んできたというのに、蓋を開けてみれば、いつもの皇太子の我儘だった。
この男は私のことを、未だに自分の所有物のように見ているようだ。
彼は開口一番、私に戦地へ向かえと言い放った。
聖女の力である光魔法を使い、傷ついた兵たちを治し続けろ……と。
さすがに我慢の限界というもの。
すぐに「嫌よ」と言って拒否すると、彼は待っていたと言わんばかりに「お前には聖女の自覚がない」と説教じみたことを言い始めた。
元から私が拒むことを分かっていたはずだ。
ただ、皇太子の自分に逆らったという前提のうえで、私を責め立てたかっただけで。
「聖女は光魔法を扱える数少ない存在だ。お前は、その価値を理解しているのか? 人々の命を救いたいとは思わないのか!」
「命を救う? 驚いたわ。剣を握っては戦いばかり考えている我儘な皇太子さまがそんなことを言い出すなんて!」
一歩前に足を踏み込んでそう言うと、表向き愉快に笑う私とは反対に、エリック殿下の顔が怒りに歪んだ。
「調子に乗るのもいい加減にしろ。僕が何度お前の悪行に目を瞑ってきてやったと思っている?」
「私があなたに助けられたことは一度もないと思うのだけれど」
「フレイア、お前はどれだけ僕を怒らせれば気が済むのだ」
「気安く名前を呼ばないで。私の何がそんなに気に食わないのよ? 昔に擦り傷を治してあげなかったことを根に持ってるの? それとも、あなたとの婚約を断ったことを今でも――」
「黙れ!」
怒りに満ちた金色の目が大きく見開かれ、エリック殿下の怒鳴り声が部屋中に響いた。
「そう怒らないでよ。今のあなたには心優しい聖女さまがついているんだからいいでしょう?」
突然自分の話題が上がり、レティシアは覚えたように肩を震わせると、小さく身を縮めてエリック殿下の背へと隠れた。
「この、悪女が……!」
怒りに唇を震わせたエリック殿下が、私へ手を伸ばす。
その大きな手が私の細い肩を乱暴に掴んだ。
今にも骨が砕けてしまいそうな痛みに、思わず眉をひそめる。
私に恥をかかせるためだけにわざわざ王宮まで呼びつけた男は、自分の思い通りにならないことがよほど癪に障ったらしい。
「何よ。あんたって、まだ私のことが好きなの?」
わざと挑発気に笑ってみせると、肩へ食い込む指にさらに力が込められた。
それでも負けじと口を開こうとした、その時だった。
「アルスハイン公爵のお成りです!」
高らかな声に、その場にいた全員の視線が一斉に注がれる。
ルシアン・アルスハイン公爵。
そこには、輝く銀髪をなびかせ、氷のような冷たさを宿す水色の瞳でこちらを見下ろす男の姿があった。
どうしてここにあなたがいるの?
そんな疑問を口にするより先に、眩い美しさを誇る男が迷いない足取りでこちらに近づいてくる。
ルシアンの視線が、私の肩を掴むエリック殿下の手へと落ちた瞬間、彼の手が素早くエリック殿下の手首を掴んだ。
「殿下、これは何の真似ですか」
「公爵……お前こそ一体何の真似だ? なぜここに来た」
「夫が妻を迎えに来ることに、何かおかしなことがありますか」
ルシアンの返答に、エリック殿下は眉間に深く皺を寄せた。
「僕は、この国の聖女殿と話をしていただけだ。この国の皇太子である僕が聖女と話をするのは至極当然のことだろう」
「彼女は聖女である前にアルスハイン公爵夫人です」
「……よくも、そのようなことを言えたものだな。他でもないお前が、僕に」
ルシアンは何も答えず、ただ冷え切った水色の瞳でエリック殿下を見据えた。
「さっさと手を離せ。一体誰に許可なく触れているのだ?」
「先に手を離すのは殿下の方です。あなたこそ、誰の許可を得て彼女に触れているのですか」
「まさか。フレイアに触れることにお前の許可が必要とでも言うのか? 愛ある結婚でもないくせに、随分大きな口を叩けるものだ」
「残念ながら俺は、殿下のように情熱的ではありませんので」
二人の皮肉が真正面からぶつかり合い、息苦しい沈黙が広がる。
「さっさと離して」
身をよじってエリック殿下の手を振り払うと、背中に流れていた髪を胸元へ寄せて、高慢に顎を突き上げた。
「何をしにきたの? 迎えに来てほしいなんて頼んだ覚えはないわ」
私の言葉に、ルシアンは呆れたように方眉を吊り上げた。
私はそれに気づかないフリをして小さく鼻を鳴らすと、身を翻した。
腰まで届く淡いピンク色の髪がふわりと揺れる。
背後で何かを喚いているエリック殿下の声も、好奇に満ちた視線を投げかけてくる人々の視線も無視して、私は一度も振り返ることなくその場を後にした。
「フレイア」
背後から聞き慣れた声が追いかけてくる。
けれど私は、それを無視して歩き続けた。
どうしてここに来たのよ。
あなたに黙っているよう、ちゃんと言いつけてきたのに……。
「いい加減にしろ」
次の瞬間、不意に腕を掴まれた。
思わず体勢を崩した私を支えるようにルシアンの腕が背中へ回り、気づけば私は、彼の胸に背を預ける格好になっていた。
驚いて顔を上げれば、すぐ目の前に彼の端正な顔が目に入る。
淡い水色の瞳が、じっと私の様子を伺うように見つめている。
「近づかないで!」
一気に顔に熱が昇り、私は慌てて両手を彼の胸板に押し当て、その身体を押しのけた。
「まったく、何がそんなに気にくわないのか……」
ルシアンは呆れたように小さく溜息をつくと、それ以上は何も言わず歩き出した。
帰る場所は同じだ。不本意ながらも私は彼の後に続いて王室の廊下を歩くと、アルスハイン公爵家の紋章が刻まれた見慣れた馬車が現れた。
「ほら」
馬車の前で足を止めたルシアンが、こちらに向かって手を差し伸べる。
私はその姿を一瞥し、知らんぷりをして自力で馬車に乗り込む。
そんな私を咎めることなく、続けて彼も馬車に乗り込んだ。
「出してくれ」
ルシアンが御者へ声をかけると、ゆっくりと馬車が動き始める。
私は深く座席にもたれかけ、窓に視線を固定する。
ただひたすら、この居心地悪いこの時間が一刻も早く過ぎることを願いながら外の風景を眺めていると、突然伸びてきた色白い手が私の唇に触れた。
「唇を噛むなといつも言っているだろう」
こちらに身を乗り出したルシアンが私の下唇に優しく触れながら、少し咎めるような口調で言う。
私は急いでその手を叩くように振り払うと、冷静を取り戻すように息を吸い込んだ。
「ど、どうして触るのよ!」
「俺はお前の夫で、お前は俺の妻だ。夫が妻に触れてはいけない理由があるのか?」
眉間に皺を寄せながら言ったルシアンに、私は返事をする代わりに顔を背けた。
どう返事をしたらいいのか、分からなかった。
無意識に噛んでいた下唇をそっと指で撫でて、そのまま窓の外へ視線を逃がす。
向かい側から聞こえてきた、何度目か分からないため息に気づかないフリをして。
エリオット皇太子殿下とは違って、夫であるルシアンには、私のこの生意気な態度を咎める権利がある。
それでも彼は、私の行動のすべてに目を瞑ってくれた。
後悔してるの? 私を妻にしたこと。めんどくさいって思ってるんでしょ?
貴族間の結婚は一度も顔を合わすことなく、婚姻が進められることも少なくないが、ルシアンと私は、幼い頃からの顔見知りだった。
私がまだロズレイン公爵家の令嬢だった頃、父に連れられて初めて彼と会った。
アルスハイン公爵家は、同じ公爵家とはいえロズレイン家とは格が違う。
積み重ねてきた歴史も、莫大な財も、権勢も。比べることさえおこがましいほどの名門だった。
子ども同士を親しくさせれば、いずれ家同士の繋がりも深くなる。もしかすると、内内には私とルシアンの婚約を進めようとしていたのかもしれない。あの愚かな父がそんな浅はかな期待を抱いていたとしてもおかしくはなかった。
けれど、私に光魔法が発現したことで状況は一変した。
聖女の座を手にした私を、父は皇太子の元へ嫁がせようと考え始めた。
それ以来、ルシアンと顔を合わせる機会はほとんどなくなった。
幼馴染と呼べるほど親しかったわけでもない。
一緒にいても、彼はいつも本ばかり読んでいて、ろくに口も利かない無愛想な子供だった。
悪名高い私のことなんて嫌っていたはず。
だからこそ、あの日、私の身勝手な願いにためらうことなく頷いた理由だけが今だに分からないままだった。
今思い返しても、なぜ、あの時ルシアンが私の無茶苦茶な言葉に頷いたのか信じられなかった。
『私を妻にして。誰も私を悲しませることができないよう、あなたが私を守るの。世界で一番高貴な王女様に接するように、私をけして傷つけないように……そう、約束して』
国に二人しかいない聖女を妻に迎えたいと考えたのだと言われれば、それまでだ。
けれど、アルスハイン家は皇室への信仰に傾倒するような家ではない。
王国屈指の名門公爵家の当主である彼が、わざわざ私のような面倒な女を妻に選ぶ理由にはならなかった。
どれだけ考えてもその意図は分からないが、彼には感謝するべきだった。
何としてでも、あの腹立たしい皇太子と結婚することだけは嫌だったから。
父がまるで神のように崇拝する皇室の一員になることだけは何としてでも避けるべきだった。
チラッと視線を上げると、ルシアンは私と反対側の窓に向かって退屈そうに眺めていた。
心内では何を考えているのか分からない。気を抜いたら、簡単に呑まれてしまいそうな淡い水色の瞳。
私はその目が、たまらなく嫌いだった。
宝石のように美しく輝くその目が、私のすべてを見透かしているような気がして恐ろしかった。