テラーノベル
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『あが、が、が……げふっ……』
目の前に投影された映像の中。女は糞尿にまみれて、びくびくと痙攣していた。パンツを降ろしたままの足がばたばたと動くのがなんとも滑稽で、恥ずかしくて、あまりにも愉快である。綾乃はにやにやと笑いながら、さらに彼女の上から水をぶっかけた。
『ぐふうううっ……!もうやべて、やべ、だ、だ、だずげっ……』
最初は気丈に自分の正しさを主張していた冬香も、段々と白目を剥いて命乞いをするばかりになった。そう思うなら謝罪の一つでもしたらどうなんだ、と綾乃は少しだけ不快に思う。こんな状況になってもまだ、自分がやったいじめが正しかったと思っているのだろうか。あるいは、もうそれさえ考える余裕がないのか。
食糞すると、人は急激な体調不良に見舞われるという。
それは、糞便の中に大量の、人体に有害な腸内細菌が含まれているからだとか。ただでさえ最悪の味で吐き気を催すだろうに、そんな毒の塊を何度も下から上から流し込まれているのである。冬香からすれば、たまったものではないに違いない。しかもそれは、本人のものと、綾乃がサルベージしてきたトイレの下水管の中のもの――つまり、誰のともわからぬ糞尿のハイブリットであるわけだ。どんな毒のあるウイルスや細菌が含まれているかなんて、わかったものではないのである。
実際彼女はあまりの苦しみで、さっきから全身を病的に震わせている。細菌感染で発熱しているのか、顔も真っ赤に染まっているし、肌も急激に荒れているようだ。どうやら、厄介な病気でも貰ってきたらしい。頼むから法定伝染病みたいな面倒くさい病気にならないでよね、と綾乃はまるで他人事のように思う。
「ざまあみろ、だわ」
謝ってこないことは腹立たしいが、まあ予想の範疇だ。あのクズ女が、そう簡単に改心するだなんて綾乃も思っていなかったのだから。そもそも、謝罪してきたところで、許してやる気などそもそもないのである。
「あたしの苦しみはその程度じゃないのよ。もっともっともっと、苦しんで苦しんで死んでいきなさいな……!」
綾乃からすれば、このままもっともっと拷問して殺してやるつもりだった。なんのために、彼女を四階の一番端という、自分達の教室からも理科室からも遠いトイレに監禁したのか。休み時間になっても、人がすぐに来ないであろうと踏んだからである。できることなら一秒でも長く拷問してやりたい。
自分がやられたことはトイレの水を浴びせられることではなく、水道の水をホースで浴びせられたことくらいであったが。受けた屈辱は、今この女が喰らわされている拷問などと比較にならないほどのものであるはずだ。そうだ、どのような拷問を受けても足りることはない。自分はこいつらなんかよりずっと苦しくて辛くて恥ずかしい思いをしてきたのだ。これは、当然の報い。まさに対等に支払われる代償でしかない。
『ぶふ、ご、ごふっ』
「んんん?」
しかし。どうやら、想像以上に冬香の体は脆いものであったらしい。その後数回下痢をさせ、汚水を飲ませて嘔吐させを繰り返したところ、彼女は便座の上で苦悶の声を上げて動かなくなってしまった。口からぶくぶくと茶色い泡を吹いている。呼吸をしていない。どうやら、糞便で気管を詰まらせたらしい。
「ちょっとお。もっともっと苦しめてやるつもりなのに、こんなところで窒息死とかやめてよ、もう!」
思わず肩を落とした。そのまま白目を剥いて便座の上で動かなくなる冬香。お尻をこじ開けても、水を浴びせても、まったく微動だにしない。どうやら本当に死んでしまったらしい。
まだ三十分も責めていないのに――なんて根性のない女なのだろうか。
「まあいいわ」
すい、と指を動かすとビジョンが消えた。澪に言われた通り。自分はタブレットを操作するような形で遠くの映像を映し出し、操作することで相手を責めることができる。その気になればアリバイ工作も可能だろう。
「他にも獲物はいるもの。……黒須澪サン、だっけ?あんたも満足してるでしょ?」
「……そうですね」
目の前に佇む黒須澪は、微笑みを貼り付けたまま頷いた。
「それでは、私はお暇しましょう。次に会うのは、貴女から対価を戴く時となります。では、後ほど」
***
「ううう、トイレトイレトイレー!」
少女は体操着姿のまま、廊下を走っていた。よりにもよって、体育の授業の最中に催さなくてもいいものを。ある意味普通の授業以上に、トイレに行きたいと言い出しづらいのだから。しかも、着替えの時間で休み時間が潰れる。元々運動神経もよくない少女としては、好きになる理由が一つもないのだった。
特に、マラソンなんてどうしてやらなければいけないのかわからない。
毎日六キロも走らされるなんて、本当に苦行でしかなかった。ましてや、おしっこを我慢しながら走るのがどれほど辛いことか。先生ももう少し、理解や配慮をしてくれればいい。特に、生理中はトイレが近くなるのが当たり前のことなのだから。
「うぐっ!?」
そして、教室の一番近く――四階の東端のトイレのドアを開いた、まさにその瞬間だった。
「な、なにごれっ……くっさ!?」
思わず鼻をつまんで呻いてしまう。ものすごい悪臭が、個室の方から漂ってくるのである。掃除をしていない公衆トイレだってここまで臭うことはないに違いない。まさか、誰かがウンチをしたまま流さないでいなくなってしまったとか、そういうことなのだろうか。もしくは、トイレが詰まって逆流してしまっているとでも?
「うう、きぼちわるっ……やめてよ、もう」
本当は今すぐにでも自分の用を済ませたい。しかし、幸か不幸か、少女は学級委員を務めるほど真面目な性格だった。トイレが詰まりを起こしているのなら、それを報告しないで放置するなんてことはできない。
吐き気と尿意に苦しみつつ、少女は個室の方へと近づく。そして、一番奥、開きっぱなしのドアの向こうからその悪臭が漂ってくることに気付いたのである。
床が、びしょびしょに濡れている。しかも茶色く濁った、誰がどう見ても綺麗ではない水でだ。
「ひっ」
そして、彼女は見るのだった。
下着を降ろした状態で便座に座り、ぶくぶくと茶色の泡を吹き、白目を剥いて――全身を汚水で汚した、一人の少女の姿を。
「きゃ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
彼女は明確に、息をしていなかった。
***
「え、何?何の騒ぎなの?」
理科室から教室へ戻ってきたところで、長谷部歌はクラスメートたちが騒がしいことに気付いた。まだ休み時間なのに先生が飛び込んできて、しばらく教室で待機していてください!なんてわざわざ命令してきたから尚更である。
どうやら、何かとんでもないことが起きたらしい。とりあえず歌は、友人の席まで歩いていくことにする。
「ね、ねえ綾乃ちゃん。具合悪かったみたいだけど、大丈夫?理科の時間戻ってこなかったから、心配で」
「大丈夫よ。もう元気だから」
歌の問いに、綾乃はにっこりと微笑んで返してくる。あれ?と歌は目を見開いた。LINEの返信ではあれだけ不機嫌そうだったのに、いつの間にかご機嫌になっている。何かいいことでもあったのだろうか。
体調が戻ってきたからというのなら、それは喜ばしいことではあるが。
「その、なんか先生たちも走り回ってるし、みんなもざわついてるんだけど、何があったか知ってる?」
きっと長らくトイレにこもっていただろう綾乃だ。何も知らないかもしれないとは思ったが、念のため尋ねることにする。
すると綾乃は、くすくすと笑い声を漏らして、こう答えたのだった。
「クソ女が死んだんですって!」
「え」
「あいつよ。浮島冬香。あたしをいじめてくれた最低のクズ女。あいつが、トイレでクソを喉に詰まらせて窒息してたらしいの。一体何をどうしたら、そんな死に方になるのかしらね!超ウケるんですけど!あははははははははは」
「え、え?」
頭が追い付かない。混乱する歌に、綾乃は心底嬉しそうに続けた――バチが当たったのよ、と。
「きっと、神様が……可哀想なあたしを救ってくれたんだわ。あのクソ女、クソまみれで汚くて臭い、最低の最期を遂げたんですって。あたしをいじめるゴミに、神様が天罰を与えてくれたんでしょうね。いじめなんて最低なことをする女だもの、当然の報いよ。あんたもそう思うでしょ、歌?」
「そ、そんな……」
確かに、理科の授業中、いつの間にか冬香の姿がなくなっているなとは思っていたのだ。でも誰も出ていくところを見かけないし、先生も気づいていないようだから何も言えなかったのである。
まさか、トイレでそんな不審死を遂げているなんて、どうして想像できるだろう。
同時に。歌は背筋が寒くなったのだった。
――確かに、綾乃ちゃんは浮島さんを恨んでたんだろうけど、だけど……。
ぞっとしてしまう。いくら憎い相手とはいえ――人が死んだことを、どうしてそう喜べてしまうのだろうか。
――綾乃ちゃん、まさか……。
彼女は、自分にとって大切な友人だ。それは変わらない、でも。
湧きあがった疑念は、そう簡単に払拭できるものではなかったのである。
リユ
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阿炎快空
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コメント
1件
うわ……読んでて胃のあたりがずんと重くなりました。綾乃の復讐の快楽に歪む内面と、遺体を発見する場面の生々しさの落差が凄まじくて、ページをめくる手が止まらなかったです。最後、歌が「綾乃ちゃん、まさか……」と疑念を抱くところで、この話の本当の怖さがじわじわ来ましたね。報復の連鎖がどこに転ぶのか、次が気になります。