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テスト終了を告げるチャイムが鳴る。用紙を回収して先生が教室から出て行く。
「うおおぉ終わったぁー!!泳げるー!」
ゴールを決めたサッカー選手の勢いで、瑞基が拳を突き上げた。
「叫ぶなよ」
由良は周囲のクラスメイトの注目が集まっているのを気にしながら咎める。
テスト前の部活休止期間から、毎日「泳ぎたい」と連発していた彼の、魂の叫びなのだろう。
「ゆらちゃん…いや、由良さま」
正面から由良の両肩を掴むと、瑞基が神妙な顔で言った。
「今日部活はないんだけどさ、顧問の先生からプールには入っていいって言われてんだ。
で、一応一人で入るのは安全面で良くないってことなんだけど……見守りだけ、お願いしていい?」
両手を合わせて拝むポーズをした。
大方、テストが終わって早く帰れる日に、残ってくれる奇特な水泳部員が捕まらなかったのだろう。
「万が一の時、多分助けられないけど」
海で助けた時から比べると、かなり体格差が開いている。
「大丈夫!俺、溺れないんで!」
いや溺れただろ、というツッコミは出来ない。由良が知らないはずの情報だから。
「…わかった」
「着替えて来るから、待ってて」
瑞基はいそいそとプール横の更衣室に消えて行った。
由良は一人、プールサイドで水面を眺めて待つ。
水色の塗料が塗られたプール。
水面は海より明るい色できらきら輝いている。体育は常に見学だから、入ったことはないけれど、水泳の授業を見るのは好きだ。
特に瑞基の泳ぎは、正に水を得た魚のよう。
(人魚である自分のほうが、長いこと泳いでないなんて、皮肉なもんだな)
もう五年は泳いでいないだろう。
そういえば、こちらに来たばかりの頃、人魚姫の童話を読んで、その結末にショックを受けたのを思い出した。誰かに失恋でもしたら、自分も泡になって消えてしまうのかと、慌てて雪江に確認しにいったものだ。
『違うよ由良。あれは、人魚姫が王子を好きすぎて殺せなくて、かわりに自分の胸を剣で刺したの。失恋したから泡になったんじゃないの』
尋ねられるのを予見していたのか、雪江は即答だった。
そして、美しく冷たい微笑で言った。
『あんな思わせ振り王子なんてさっさと見切りつけて、次の恋を探せばよかっただけなんだから』
でも、どうなんだろう。
他の誰かと結ばれた想い人。それでも傍らにいるのを許されるとしたら。
(平気で側にいられるのかな…。やっぱり選んで欲しいんじゃないかな)
姉たちも言っていた。あと数年経てば、お前は美しく育つ、と。もし仮に、少女の姿で現れて、そのまま数年一緒に過ごしていたら。
好きになって貰えたのだろうか。
(?なんで、そんなに瑞基に好きになってもらいたいなんて思うんだ…?)
抱えたもやもやの答えが、もう少しで形になりそうな気がした。
「篠川くん」
急に背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、この前瑞基を誘おうとしていた女子の内の二人だった。
「ちょっと話、いい?」
入り口の鍵が開いていたから、由良を見掛けて入ってきたのだろう。
改めて対峙してみると、彼女のほうが由良より若干背が高いようだ。上から睨まれると威圧感がある。
彼女も自分の方が優勢と感じたようだった。
「もう子供じゃないんだから、いい加減自立しなよ」
何を言われているのかと、少し首を傾げる。
「篠川くんが常にべったりだから、瑞基くんと仲良くなりたい子がなかなか近寄れなくて、切ない思いをしてるかもでしょ。気付いてない?」
「ちょっ…佳那ちゃん!」
小柄な方の女子が、ヒートアップしていきそうな相方の制服の裾を引いて止める。
「そこまで言わなくても…私は、見てるだけで満足なんだから」
この、自分が傷つけられたような、今にも泣き出しそうなうるうるの表情。
こんな少女になっていれば、答えは簡単だったかもしれない。
――何だか笑えて来た。
「…つまり、そっちの後ろの子が、瑞基に言いたいことがあるんだろ」
口角だけ微笑の形にして、由良は二人を一瞥した。その顔を見て、何故か彼女たちは怯んだ。
「なんで俺じゃなくて瑞基にちゃんといわないの。そんな遠くから見てるだけって楽しい?瑞基の何が見えるっていうんだ?」
「ゆらちゃーん、お待たせー」
更衣室のドアが勢いよく開く音がして、場違いに呑気な声が由良を呼んだ。ぺたぺたと裸足で近寄って来て、自分達以外に二人いることにようやく気付く。
「?あれ、どうしたの」
由良の肩を抱くように手を置いて、へらへらと尋ねる。
「告白でもされてた?」
「お前…少しは…空気を…」
余りにも呑気すぎる。却って由良の方が二人をフォローしそうになった。
「…っ!また明日ね、瑞基くんっ」
今まで聞いた中では一番の声量でそう言うと、小柄な女子はもう一人の腕を引いて踵を返した。意外と力がある。
「おー、ばいばーい」
どこまでも、判っていない表情のまま瑞基は手を振った。
コメント
1件
うわ、第7話お疲れ様です!テスト終わりの瑞基くんの開放感がすごく伝わってきました(笑)。プールサイドで由良が一人、自分の気持ちに気づきかけているあたり、胸がぎゅっとなりましたね。女子二人に「自立しろ」と言われても飄々と返す由良の強さと、その後ろでの瑞基くんの天然な空気の読まなさ…絶妙なバランスで面白かったです。由良が「選んでほしい」って思う気持ち、じわじわきます。次も楽しみにしています!