俺がそう言った瞬間、冬馬先輩の笑顔が消え、二人の間に沈黙が走る。少しして先輩が低い声で言う。
「なんで?」
「やっぱり周りの目とかありますし、冬馬先輩も受験で忙しいと思うので」
「別に勉強は家でしてるし大丈夫だよ。それに周りの目なんて気にしなくていいよ。別に本当に付き合ってる訳じゃないんだし」
「それはそうですけど、俺たちが一緒にいるとあることないこと言われるんですよ」
「言いたいやつには言わせとけばいいよ。俺は大丈夫だから…」
「俺が嫌なんです」
気付いたらそう言っていた。俺のその言葉を聞いて、先輩は口を噤む。そんな先輩を見て俺は言葉を続ける。
「嫌なんですよ。冬馬先輩といると周りに色々言われたりからかわれたりするの。迷惑なんです。だからもう、俺に関わらないで欲しいんです」
俺の言葉を聞いて先輩は俯く。
本当はこんなこと思ってなかったし言いたくもなかった。でも、先輩を説得するにはこうするしかないと思った。
しばらく沈黙が続いた後、先輩は顔を上げる。
「わかった。ごめんね。俺、全然春人くんの気持ち分かってなくて。でも、もう春人くんには話しかけないから安心して」
そう言って先輩はニコッと笑う。
「すみません。ありがとうございます。じゃあ俺、帰りますね」
俺はそう言って席を立つ。
「うん。じゃあね」
「お邪魔しました」
そう言って先輩の顔を見ないまま足早に外に出た。涙が今にも零れそうだったから。
外に出た瞬間、涙が零れる。
(これでいいんだ)
俺は自分にそう言い聞かせて歩き出した。
その日から俺と先輩は一度も話すことなく、3年生の卒業の日を迎えた。式が終わり、教室はザワザワとしている。泣いている子や騒いでいる子がいる中、俺は席に座ってボーッとしていた。
(冬馬先輩、かっこよかったな。もう、二度と会えなくなるんだ…)
そう思ってため息をつくと、前から翔の声がする。
「ちょっと春人。大丈夫?」
「うん。大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「ふ〜ん。どうせ佐野先輩の事でしょ。俺、今から愛斗先輩に会いに行ってくるから、一緒に来なよ。佐野先輩におめでとうくらい言いな。最後くらい、素直になりなよ」
「でも…」
「でもじゃない。ほら、行くよ」
翔はそう言って俺の腕を引っ張る。
「分かったよ。行くから」
俺がそう言うと、翔は手を離して満足そうに笑う。
先輩たちの教室に着くと、翔は愛斗先輩を呼ぶ。翔の呼びかけに気付いた先輩は嬉しそうにこっちへ来る。
「翔くん、柳くん、俺に会いに来てくれたの?」
「はい。まぁ、春人は佐野先輩ですけど」
「冬馬?冬馬なら、あそこにいるよ」
愛斗先輩がそう言って指を差した先には人だかりが出来ていた。
「あれ、全部冬馬の写真待ち」
そう言って愛斗先輩は苦笑いする。
「冬馬は人気者だな」
「そうですね」
俺がそう言うと、翔が横から言う。
「愛斗先輩。一緒に写真撮りましょうよ」
「おっ。撮ってくれるの?」
「はい。春人と3人のやつと、俺と愛斗先輩のツーショも撮りたいです」
「いいね。じゃあ、撮ろっか」
そして俺達は何枚か写真を撮る。愛斗先輩との写真撮影が終わると、翔が俺に耳打ちをする。
「俺、愛斗先輩に告ってくるね」
そう言ってニコっと笑った後、ニヤニヤしながら小声で言う。
「春人もちゃんと素直になれよ」
「あぁ、うん」
俺の返事を聞いて、翔は愛斗先輩の方を見る。
「愛斗先輩。ちょっと話があって。人前じゃ言いづらいんですけど…」
「何か相談事?場所、移動しよっか」
「はい。ありがとうございます」
「うん。じゃあ行こっか」
そう言って愛斗先輩は歩き出す。翔は俺の方を見て、小声で「頑張れよ」と言いながらジェスチャーをする。
「翔もね」
俺がそう言うと、翔はグットポーズをした後、愛斗先輩について行った。
二人を見送り、俺は冬馬先輩の方に目を向ける。
(すごい人気だな…)
そう思って見ていると、冬馬先輩が不意にこっちを見る。俺は咄嗟に扉の影に隠れてしまった。
(何隠れてんだ…)
俺は再び先輩の方を見る。先輩はもうこっちを見ていなかった。俺は教室に入り、列に並ぶ。
並んでいる間、たまに先輩と目が合いながらも俺の番になった。俺が先輩に近づくと、先輩はニコっと笑う。
「春人くん、久しぶり」
「お久しぶりです。えっと…卒業おめでとうございます」
「ありがとう。春人くんも写真撮りに来てくれたの?」
「はい。あんなこと言っちゃいましたけど、俺なんかと仲良くしてくれたの嬉しかったので」
俺がそう言ってニコっと笑うと、先輩もニコっと笑い返す。
「じゃあ、撮ろっか」
「はい」
俺がそう言うと、先輩は俺の横に来る。
「携帯、貸して」
先輩がそう言って手を差し出したので、俺はカメラを開いて携帯を渡す。そして、携帯を受け取った先輩が撮影を始める
「もうちょっと近づいた方がいいかな」
そう言って先輩は俺に近づく。頬と頬が触れそうなくらい近い。俺の心臓がドクンと跳ねる。
(近いな…)
俺は無意識に少し離れる。そんな俺を先輩は見る。
「もっとこっち来てよ」
そう言いながら先輩は俺の肩に手を回し、ぐっと引き寄せた。心臓がドクドクと音を立てる。
(やばい…心臓バクバクしてる…)
数枚撮った後、先輩は俺に携帯を渡す。そして、自分の携帯を取り出して言う。
「俺も撮らせて」
そう言って再び俺の肩に手を回し、ぐっと引き寄せる。それを見た周りの生徒達がザワザワと騒ぎだす。
「なんか距離近くない?」
「その子、前に噂になってた子じゃない?冬馬と付き合ってるとかで」
俺はそれを聞いて、先輩から離れようとする。だが、先輩は俺の肩を持ったまま、離してくれない。
「あの、冬馬先輩…」
「いいでしょ。最後くらい俺の好きにしても」
少し寂しそうにそう言う先輩を見て、俺は離れようとするのをやめる。
その後数枚撮った時、周りの生徒が言う。
「なんか長くない?佐野先輩の携帯でも撮ってるし」
「やっぱあれじゃない?付き合ってるんだよきっと」
そう聞こえた瞬間、俺は先輩からパッと離れた。そんな俺を先輩は不思議そうに見る。
「あ…お、俺やらなきゃいけないことあったの忘れてました!じゃあ、もう行きますね」
「ちょっと、春人くん」
そう言う先輩の声に背を向けて、俺は足早に教室を出た。
この日先輩に会うことはもう無かった。
ー6年後ー
今日は初出勤の日。職場につくと、同じ新入社員たちと合流する。オフィスに案内された後、部長が言う。
「ここがこれから君達が働く場所ね。詳しいことは…佐野〜」
「はい」
聞き覚えのある声とともに、一人の男性が立ち上がり、こちらに来る。俺は思わず息を呑んだ。
「佐野、自己紹介」
「はい」
部長を見てそう返事した後、俺達の方を見て言う。
「佐野冬馬です。よろしくお願いします」






