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第52話 〚背後の気配〛(恒一が再び動く)
最初から、
一人になるつもりだった。
恒一は、人混みの端で立ち止まり、
遠くに見える花火会場を見つめていた。
浴衣の人波。
笑い声。
光。
――その中に、
白雪澪がいる。
(……会えればいい、なんて思ってなかった)
最初から、
“二人になりたい”と思って来ていた。
前日の夜。
恒一は、何度も考えた。
どうすれば、
澪と二人になれるのか。
偶然を装うか。
困っているところを助けるか。
それとも――
迷子になったふりをさせるか。
(どれも、ダメだ)
澪は、
簡単には引っかからない。
ましてや、
橘海翔がそばにいる。
恒一の視線が、
人混みの奥を追う。
――見つけた。
繋いだ手。
近い距離。
自然すぎる並び方。
胸の奥が、
じり、と熱くなる。
(俺の方が、長く見てきたのに)
中二の頃から。
誰よりも早く、
澪を見つけた。
なのに今、
彼女は他の男の隣で笑っている。
「……邪魔なんだよ」
小さく呟く。
その時、
恒一の頭に、一つの考えが浮かんだ。
――花火が上がる瞬間。
音が大きくなって、
周りが空を見上げる。
その一瞬だけ、
視線が逸れる。
(……その時だ)
ほんの少し、
声をかけるだけでいい。
ほんの少し、
人の流れをずらすだけでいい。
二人きりになる時間なんて、
一瞬でいい。
恒一は、
マスクの奥で静かに笑った。
(澪は、俺を拒まない)
そう、
信じ込むように。
その背後で――
誰かが、
恒一を見ていることに、
彼はまだ気づいていなかった。
夜空が、
少しずつ暗くなる。
花火が上がるまで、
あと少し。
そして、
“動く理由”は、
もう十分すぎるほど揃っていた。
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