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朝の空気は冷たかった。
崩れた城壁の向こう。
灰色の空の下で、Pizza guyは農園にしゃがみ込んでいた。
土に触れる。
湿った感触。
じゃがいもの葉を避けながら、小さく息を吐く。
……落ち着く。
野菜は、
化け物にならない。
腹が減ったからって、
誰かを殺したりしない。
「…………」
だが、
脳裏に昨夜の言葉が残っていた。
――私の前でだけ、その顔をしろ。
「っ……」
思い出しただけで、
首筋が熱を持つ。
最悪だ。
顔まで熱くなる。
「ふふ」
女の笑い声。
Pizza guyが顔を上げる。
農園の石壁の上に、
ストリガが腰掛けていた。
長い黒髪が風に揺れている。
金色の瞳だけが、
獣みたいに光っていた。
「……また来たのかよ」
「来るわよぉ」
ストリガは笑う。
「だって面白いんだもの」
彼女は石壁から軽やかに降りる。
裸足だった。
白い足先が土を踏む。
「野菜なんか育ててるのね」
「食うからな」
「吸血鬼の城で?」
「俺が食うんだよ」
ストリガはくす、と笑った。
「本当に変わったのねぇ、あいつ」
その言い方に、
Pizza guyは眉をひそめる。
「……昔は違ったみたいに言うな」
「違ったわよ」
即答だった。
風が止まる。
ストリガはトマトを一つ摘み、
赤い実を指先で転がした。
「ノスフェラトゥは昔、“処刑人”だった」
「……処刑人?」
「古代吸血鬼たちの命令で、人間の村を潰して回ってたの」
さらりと言う。
だが内容は重かった。
「反乱の芽を摘むため」
「吸血鬼を狩ろうとした人間」
「逃げた家畜」
「命令に逆らった若い吸血鬼」
「全部、あいつが殺した」
Pizza guyの喉が詰まる。
ストリガは楽しそうに続けた。
「強かったわよぉ?」
「特に飢えてる時なんか最悪」
「村一つ、朝までに空っぽ」
「子供だろうが老人だろうが関係ない」
「血が残ってれば吸った」
「…………」
脳裏に、
エリオットの死体がよぎる。
あの時と同じだ。
腹が減ってたから。
それだけ。
ストリガはPizza guyの顔を覗き込む。
「怖い?」
「……」
「それとも、もう知ってた?」
答えられない。
ノスフェラトゥが化け物だなんて、
最初から分かっていた。
人を殺してきたことも。
それでも。
夜にオルガンを弾く姿や、
焦げたピザを黙って食べる顔を知ってしまった。
だから、
綺麗に憎めない。
「……最低だな、俺」
ぽつりと漏れる。
ストリガの目が細くなった。
「違うわ」
彼女はそっと近づく。
「あなたも飢えを知ってるからよ」
細い指が、
Pizza guyの首筋へ触れた。
ぞわっ――
「っ……!」
一瞬で力が抜ける。
熱。
痺れ。
傷跡が疼く。
「ぁ、やめ……っ」
「可愛い反応」
ストリガは笑う。
爪先で傷をなぞる。
それだけで、
呼吸が乱れた。
身体が勝手に、
“次”を期待してしまう。
「ほら」
ストリガが囁く。
「もう身体は分かってる」
「吸血鬼なしじゃ駄目だって」
「違……っ」
否定したいのに、
声が震える。
首を押さえようとした手を、
ストリガが絡め取った。
冷たい。
「ノスフェラトゥは優しいから困るのよねぇ」
「あなたを壊さないように、ずっと我慢してる」
耳元で甘く笑う。
「でも古代種は違う」
指先が唇へ触れる。
「欲しいなら、壊れるまで食べる」
その瞬間。
どくん、と身体が跳ねた。
ストリガの毒。
昨夜残された感覚。
全部が混ざり、
頭がぼやける。
「っ、ぁ……」
膝が崩れる。
ストリガが抱き止めた。
「ほらね」
「もう匂いだけで反応する」
彼女の唇が、
首筋へ近づく。
牙が見えた。
だが次の瞬間。
ゴッ!!
黒い影がストリガを吹き飛ばした。
「……触るな」
低い声。
殺気。
ノスフェラトゥだった。
赤い目が、
今まで見たことないほど冷たい。
ストリガは地面へ転がりながら笑う。
「あら怖い」
「来ると思った」
ノスフェラトゥは答えない。
ただ、
ふらつくPizza guyを後ろへ庇う。
その動きが、
あまりに自然だった。
ストリガはそれを見て、
ふっと目を細める。
「ねえノスフェラトゥ」
「あなた、本当に変わったのね」
沈黙。
「昔は人間が泣く顔、大好きだったのに」
空気が凍った。
Pizza guyの背筋が冷える。
だがノスフェラトゥは、
静かに言った。
「……だから殺した」
「?」
「古代種を」
ストリガの笑みが止まる。
ノスフェラトゥの声は低かった。
「飢えを誇る化け物どもを見ていたら、自分まで腐っていく気がした」
「だから全部壊した」
「今さら善人ぶるの?」
「違う」
ノスフェラトゥは即答した。
「私は今でも化け物だ」
その赤い目が、
一瞬だけPizza guyを見る。
「……だが、こいつの前ではそうなりたくない」
どく、と胸が鳴る。
ストリガはしばらく黙っていた。
それから、
くすりと笑う。
「重症ねぇ」
黒い霧が彼女を包む。
消える直前。
金色の瞳だけが細められた。
「せいぜい食べられないよう気をつけなさい、人間」
ストリガは消えた。
静寂。
風だけが吹く。
その直後。
ぐら、とPizza guyの視界が揺れた。
「っ……」
禁断症状が酷い。
首が熱い。
呼吸が乱れる。
ノスフェラトゥがすぐ支える。
「……刺激されたか」
「は、はは……最悪……」
ノスフェラトゥの指が、
首筋へ触れる。
優しい。
なのに、
それだけで身体が震える。
「……戻るぞ」
低い声。
「今日はもう、外に出るな」
そのまま抱き上げられ、
Pizza guyは抵抗する気力もなく、
ノスフェラトゥの肩へ額を預けた。
微かに、
オルガンの香油みたいな匂いがした。