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私は『黒宮のクソ野郎』の自転車で病院へとやって来た。
そこに到着するまでの間、私は怖くて怖くて仕方がなかった。病院での検査結果が怖かったわけではない。
そう。黒宮の奴があまりにものすごいスピードで自転車を走らせたから。何度も何度も振り落とされそうになってしまった。
「い、生きてて良かった……」
自転車の後部座席(荷台)に乗せられて『生きてて良かった』とか意味不明ではあるけど、本当のことだから仕方がない。
例えるなら、まさに『ジェットコースターかよ!』って感じだった。女子が後ろに乗ってるんだからもっと気を遣えよな!
で、検査結果だけど、なんの異常もなし。それは良かった。良かったんだけど……。
「ここ、どこーー!!!!」
一応、スマートフォンを使って病院名で調べてみたけど、私の家からはかなり離れていた。時計を見ると、もう二十時近かい。お金も足りないからタクシーも使えない。
「はあ……どうやって帰ろう。くそー、あの黒宮のクソ野郎め! こんな場所に女子を置いて黙って帰っちゃうだなんて! ほんっっとイヤな奴!! 腹立つ腹立つ腹立つ! ほんっっとうに腹が立つ!!」
もう、諦めて歩いて帰るしかないか。そう思いながら、私はトボトボと病院を後にした。外はやっぱり真っ暗。時間的に当たり前か。
「こんなにも可愛くて可憐な私が、無事に家まで辿り着けるわけがないじゃないの! 絶対に途中で暴漢に襲われちゃう! それで、あんなことやこんなことをイタズラされちゃうに決まってるじゃない! どこに行ったのよ黒宮のクソ野郎は!!」
「うるせえなあ、ガマガエル」
「……え?」
その声。そして呼び方。あの人だ。『黒宮のクソ野郎』だ。
彼は街灯の下で自転車にまたがっていた。仏頂面で。
その街灯は彼のことをスポットライトのように照らし、浮かび上がらせ、彼の容姿をより美しく、より幻想的に映し出していた。
そして私は再度思う。なんて魅力に溢れたルックスなんだろう、と。
「え!? あ、あの、黒宮さん……ずっと待っててくれたんですか?」
「なんでまた『黒宮さん』呼びになってんだよ。さっき思い切り『黒宮のクソ野郎』って大声で叫んでやがったのによ」
「い、いえ、そ、それは……ごめんなさい……」
「お前、本当にわけが分からねえな。言ってることも態度も支離滅裂すぎんぞ」
「そ、それは……あ、あの。黒宮さんはずっと外で待っててくれたんですか?」
「んなわけねえだろ。それにまだ『さん付け』になってるし」
「い、いえ。先輩ですから。『さん付け』で呼ばせてくださいよ」
「黒宮のクソ野郎はどこに行っちまったんだ?」
う……何にも言い返せない。だって事実だから。これからはもっと言葉使いに気を付けよう。
「俺はな、一度病院からは離れてたんだよ。検査は色々時間がかかるからな」
「そうだったんですね……」
「ああそうだ。それに、お前の自転車も処分してきた。思いの外時間がかかりすぎてさっき病院に戻ってきたところだ」
嘘……この人、ちゃんと私の自転車のことまで。普通ではあり得ない。さっき会ったばかりの人間に、そこまで親切にしてくれる人なんか。
「あの……もしかして、私のことを迎えに来てくれたんですか?」
「まあな。じゃないとお前、どうやって帰るつもりだったんだよ? 学生なんだからそんなに金もないだろうからタクシーも使えないだろうしな。だから戻ってきた。理解できたか? ガマガエル」
この黒宮っていう人、口は悪い。それは確かだ。だけど、本当はめちゃくちゃいい人なんじゃないだろうか。やっぱり、この人が白馬に乗った運命の王子様なんじゃ……。
「とりあえず、乗れ。それでまたあの断末魔みたいな叫び声を聞かせろ」
「断末魔!? え? 私そんな叫び声あげてました?」
「覚えてねえのか。上げてたよ。笑わせてもらった。女子だったら『キャー』だとか、もっと可愛い叫び声をあげろよ。まあ、ガマガエルだし仕方がないか」
恩人に対して失礼ではあるけど、やっぱりカチンとはくる。
「だーかーらー!! 私をガマガエルって呼ぶのはやめてください! それにあんな猛スピードで自転車走らせたら怖いに決まってるじゃないですか!! 私だって一応、可憐な女子なんですよ!? もっと気を遣ってください!!」
「はあ? お前のどこに女子要素があるってんだよ」
「あるでしょ! 女子要素! ううん。女子要素しかないでしょ!」
「女子要素しかないって、それはどこにあるんだ?」
「ここです!」
「見当たらないが?」
「よく見てください! 私自身が女子要素の塊です!」
「お前、よくバカって言われるだろ。まあいい。猛スピードで走ったのは仕方なかったんだよ。時間がねえって最初に言っただろうが」
「あ、それ気になってたんです。時間がないってどういう意味だったんですか?」
「それも分からねえのか。あのな、あそこら辺の病院は閉まるのが早いんだよ。だけどここはそこそこ大きな病院だからな。とはいえ、急がねえとさすがにココも閉まっちまう。ギリギリだったんだよ」
え……。この人、私のためにそこまで考えてくれてたの? この人、やっぱり運命の人だ。ついに出逢えたんだ。ようやく夢が叶った。
私の、長年の夢が。
「あ、あの、あの! 白馬に乗った王子様! 本当にありがとうございました! なのでぜひ、私とお付き合いを!!」
「……置いて帰るわ」
「ご、ごめんなさい!! やめて! 置いて帰ろうとしないで!!」
『第6話 黒さの白さ』
終わり