寝入った真夜を腕に抱き、本棚にもたれかけた。泣き過ぎて赤くなったまなじりを指先で撫でる。 可哀想なことをしてしまった。 独占欲に駆られて二度も抱くなんて。
パーカーへ手を突っ込んで、指先が硬い金属に触れて安堵した。無慈悲に乳首にピアスなど開けてしまったけど、これで誰のものでもない。自分のものだと証明できる。
恍惚と笑みを浮かべてしまう。薄暗いその微笑みが、長男より黒く闇に包まれたものだと誰も知らない。
とん、とん、と階段を上がってくる足音が二つほどある。騒がしい話声から、慎司と真之介だとわかった。
予想通りの二人組が扉を開ける。
「あれっ。珍しい組み合わせだね」
真之介が意外そうに二人を見比べる。
普段は真也を避けている真夜が、身を寄せて腕の中で寝ているのだ。怪訝に思って当然だろう。
「疲れていたらしい。最近、忙しそうだったからな」
「ふうん。まあ、いいことだよね。兄弟仲が良いってことは」
納得した真之介が座って、手にしていた紙袋からベビーカステラを食べ始めた。甘いにおいが漂いはじめる。
いつもならすぐに、俺もと喚く長男が黙っている。
その冷酷な眼差しを、真也は余裕で見返した。
「どうしたんだ、慎司」
恐らく知ったのだ。敏い男だ、真夜の様子だけで異変に気付いている。
「昔、真夜と慎司が家出したときあったよな」
「何?突然そんな古い話題」
異変に気付かない彼は、普通に話題に乗ってくる。
慎司は立ち尽くし、ゆっくりと握り拳を作り始めた。
「自転車に乗って、二人して出て行って凄く心配したものだ」
「そうだねぇ。でもまぁ結局自転車だから、遠くにいけないから帰ってくると思っていたけど」
「真之介、それでだ。俺は考えたんだけど」
「何を?」
普段のようにふざけない真也に、真之介はやや猜疑心に満ちた顔をする。
「真夜と、この家を出ようと思うんだ。ちゃんと計画は立てているし、自転車でなんか出て行かないさ。俺はちゃんとしているから」
扉を思い切り叩く音が響き渡った。
彼は驚いて紙袋を取り落す。ベビーカステラが床にばらまかれていく。
拳を叩きつけた男は、ゆらりと顔を上げた。
「何……どうしたの、慎司兄さん」
冷や汗を浮かべた真之介は、状況を把握しようと必死になっている。
「真也。どういうつもりだ」
「どうって、嫌だな、兄さん。俺は感謝しているんだ」
「……感謝?」
低く唸る慎司の双眸が、赤く光る。怒りで眉が吊り上り、普段の温厚さなど消え失せている。居るのは悪魔だ。全てを握り潰し、他人をたばかり続けてきた悪魔。
「そう。俺はいつも、真夜のことが分からなかった。だが、兄さんのおかげで真夜の気持ちが分かったんだ……ほら、綺麗だろう?」
真夜のパーカーを捲りあげて、白い肌を露わにする。
色づいた乳首に光る銀色の存在に、真之介の顔が真っ赤になっていく。
兄弟一の真面目男には、刺激が強すぎたらしい。
「俺専用の印。俺だけのものだ。真夜も喜んでくれた」
慎司に見せつけるように首筋に吸い付いた。眠っていた彼が瞼を震わせて小さく喘ぐ。
ピアスをつけたばかりの胸を揉み、もう片方の胸の乳輪を指でなぞる。
「真夜の胸は小さいからな。開けるのは結構大変だったけど、これで安心する。俺と同じ思いだって知れたのも、慎司のおかげだよ」
真之介の隣を抜けて、真っ直ぐに近づいてくる。
「……真也……お前、死ねよ」
淡々とそう洩らした。
振りかぶった慎司の拳を片手で受け止める。 手のひらにじんわりと痛みが広がるが、折れるほどの痛みではない。
「慎司には苦労を掛けた。俺のことが好きだと知りながら、身代わりになってくれたんだから感謝しているよ」
「……黙れ……」
「つらかっただろう?自分を見られず、俺のように真夜を抱くのは。なんたって真夜は俺に抱かれたかったんだから、申し訳なかった」
「黙れ……黙れ……黙れ!」
慎司の拳を握りしめてじっくりと押し返す。やっとこいつの仮面を剥がせる。興奮が脳を沸騰させていた。
「黙れよ……っ」
「黙らない。酷いのは慎司だ。真夜に借金の肩代わりに風俗で働かせるなんて、人格を疑う」
「え、そうなの」
真之介が軽蔑を孕んで慎司を見やった。
仮面が剥がれた彼はその場に膝をついた。
言い訳を探して視線を走らせるのが、あまりに惨めで滑稽だ。
「まよ」
性懲りも無く彼に触れようと手を伸ばして来る。真也がその手を無慈悲に叩きつけた。
「汚い手で俺のおんなに触るな。この、クズ男」
真夜を抱き上げて立ち上がる。
いま、完全に勝利したのは真也だった。
慎司は顔を上げない。真之介は狼狽している。
二人に背を向けて部屋を出て行った。