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雨がしとしとと降る放課後。
シェアハウスのリビングには、湿った空気と静かな時間が流れていた。
その日、真理亜は珍しくひとりで早く帰宅していた。
ソファで読書をしていると、玄関のドアが開く音。
和也:「ただいま〜……あれ、真理亜ちゃん一人?」
現れたのは、大橋和也だった。
濡れた前髪をタオルで拭きながら、相変わらずの優しい声で言う。
真理亜:「うん、みんな部活か課題かで帰ってきてへんみたい。和也くん、おかえり」
和也:「真理亜ちゃん、ちょっと散歩行こっか。……傘、二人用やけど」
真理亜:「え?」
少し驚いたけれど、
どこか穏やかなその誘いに、真理亜は頷いた。
二人で一本の傘に入りながら、近くの公園まで歩く。
雨は細くて静かで、
その下を、和也は何も言わずに歩いていた。
和也:「……なあ、真理亜ちゃん」
真理亜:「ん?」
和也:「俺、たぶんな――“誰にでも優しい”って思われることに、もう疲れてる」
真理亜は立ち止まる。
和也の横顔には、いつもの笑顔がなかった。
和也:「俺、今まで“好き”って気持ちがようわからんくて、誰かに期待されるたびに、“応えられへん自分”が情けなくて……せやから、優しさを武器にして“みんなに好かれる和也”を演じてた。でもな、それって――ほんまは、自分を守ってただけやったんや」
ぽつぽつと語るその声は、雨音よりも静かだった。
和也:「真理亜ちゃんが来てから……変わったんよ。自分でも気づかんうちに、君の笑顔にホッとしたり、君が誰かと話してるだけで、胸がもやもやしたりして……俺、君のことが――ちゃんと、好きやと思う」
真理亜は息を呑んだ。
真理亜:(和也くんが……私のことを……?)
和也:「でもな、それを言うの、ずっと怖かった。“また誰かを傷つけるかもしれん”って、思ってたから。でも、今日は雨が降ってるし、誰にも聞こえへん気がして、言えたんや」
和也は、小さく笑った。
和也:「答えなんか、今はいらん。ただ、君にちゃんと伝えたかっただけやねん」
雨が傘を叩く音の中で、
真理亜は心の奥が静かに揺れているのを感じていた。
真理亜:(誰にでも優しいと思ってた彼が、一番、自分にだけは本音を隠してたんや)
その優しさが、やさしすぎて――苦しかった。
そして、その優しさに触れた自分の心も、確実に変わり始めていた。