「ひゃああああ!?」
「なんでわたし振り回されてばっかりなのおおおお!?」
猛スピードで飛ばされる2人の姿を見て、アリエッタは思った。
(何あれ、面白そう……)
どうやらピアーニャの行動は、絶叫マシン好きな元大人の教育にあまりよろしくない様子。
それはともかく、ドルナ・ノシュワールに急接近中のラッチは、パルミラの悲鳴を聞きながら一生懸命に考える。
(今回の任務は、あの美味しそうなヤツを退治する事。もしかしたらパルミラお母さんみたいに家を貰えるかもしれない。木で出来た超高級な家とか!)
既に思考は倒した後の事になっていた。
(そういえば、自家栽培したルビライトとか、こっちでそれなりに売れるって言ってたっけ。後で総長さんに聞いてみようかな。いっぱい持ってきたら、家を作る木とか買えるかもしれないし)
流石に短期間で価値観の違いを完全に知る事が出来なかったらしく、ファナリア人にとっては高値で取引される赤い宝石ルビライトを大量に持ってきて、木材と交換しようとしている。間違いなくピアーニャに「やめてくれ」と言われるだろう。
(おっと、その前に、コイツどうにかしなきゃ。くっついても暴れたら振り落とされないかな? だったら……)
「ラッチ、ラッチ」
「え? ああ、どうしたのお母さん」
ラッチが考え込んでいる間に、なんとか冷静さを取り戻したパルミラが、今回の作戦を提案する。
「うん。あーしも大体そんな事考えてた。……これぞ以心伝心。我々母娘の絆が──」
「あ、そろそろ追いつくよ。ぶつかる準備しておいてね」
「最後まで言わせ……えっ、ぶつかる?」
言われてラッチが正面を向くと、既に眼前は光沢交じりの黒一色。
「え……」
2人を包み込んだ『雲塊』は、すっかり投げやりになったピアーニャの操作によって、勢いを一切殺す事なく、そのままドルナ・ノシュワールの背中に激突した。
『ぎゃああああああ!!』
「ぷーーっ!?」
「うわぁ……いたそー……」
「痛いで済む事なのよ?」
離れた場所から見ているミューゼ達が心配する中、アリエッタはマンドレイクちゃんの触手のような腕によって、くすぐられていた。
「きゃははははは!」(なんでえええ! ぱるみら達どうなったのおおおお!)
「いやこれヒドくないか?」
「あんな激突シーン見せる訳にはいかないでしょ。だいたいピアーニャが悪い」
人をぶつける所を子供に見せる訳にはいかないという、ネフテリアの采配だった。それにしても、緊急とはいえ方法が荒っぽい。
パルミラ達が到着したので、マンドレイクちゃんに止めるよう指示を出した。
「はぁ…はぁ……ぁ…くぅん」(なんで今くすぐられたん……)
「なんでこの子、こんなに色っぽいの……こんな姿、お兄様に見られたらヤバいわ」
「ミタメがうつくしいせいも、あるんだろうが。このカオは、オトコにはみせられんな……」
くすぐられてグッタリしたアリエッタを見て、大人達は妙な危機感を持つのだった。
その横では、ミューゼは顔を赤くしてヨダレを滴しながらソワソワし、パフィは再び血の海に沈んでいる。最近アリエッタに対する耐性が、何かある度にガリガリ削られているような…と、ミューゼは思っていた。
「2人とも、アリエッタ愛が深まり過ぎなんじゃない?」
「それだ」
「いや、『それだ』じゃないが」
アリエッタに愛情を持って接する事自体は良い事なのだが、ピアーニャにはそれが危険な領域に達しかけているように見えている。
(このままアリエッタのコト、まかせていてダイジョウブか?)
しかし、言葉が通じないアリエッタが心を許している人材は、限られている。
ミューゼとパフィから離せば、次に保護者になり得るのは、クリムかピアーニャになるのだ。
(……うん、ダイジョウブとしんじよう。わちにはムリだ、ゼッタイ)
四六時中アリエッタと向き合う事を考えた結果、現状が一番と判断。
アリエッタの事はこれでヨシと決断し、再びドルナ・ノシュワールに意識を戻すのだった。
「うむ。どうやら、うまくいったようだな」
「あれ? パルミラとラッチがいない」
「どういう事? まさか弾き飛ばしちゃったんじゃ……」
「いやいやそうじゃない」
いつの間にか、追跡が止まっていた。というのも、ドルナ・ノシュワールが移動を止めていたのだ。その代わり、その場でワタワタと慌てふためいている。
「あれ、どうしたんですか?」
「パルミラたちのせいだ」
「?」
「まぁみてろ」
そう言って、ミューゼに観察を促した。ちなみにパフィは、アリエッタの傍で倒れたままである。
しばらくドルナ・ノシュワールを見ていると、肩のあたりに小さな穴が開いた。そしてその場所から、ピョコンと赤い物が飛び出した。
「あれ…ラッチだ」
「ん? あーホントだわ。何やってんの?」
「ソトガワからだと、つぶされたり、ふりおとされたりするから、そうならないように、ナカからたべすすんでいるんだ」
顔を出したラッチが穴に引っ込んだと思ったら、次は背中に穴が空き、パルミラが顔を出した。そしてまた潜っていく。
「あれって、体内から食べてるって事?」
「うむ」
『気持ち悪っ!!』
虫が肉を食い破るのをうっかりイメージしてしまったミューゼとネフテリアは、思いっきり顔をしかめてしまった。鉱物の体になっているとはいえ、ノシュワールという元小動物を、小さな生き物が体内を食い破っているのだ。ビジュアル的に問題があり過ぎる。
幸いにも、アリエッタはパフィの介護で忙しそうにしている。そこへピアーニャが、マンドレイクちゃんに壁になるよう命令し、ドルナ・ノシュワールの方に意識が向かないようにしておいた。
「あれって、ヒゲをどうにかするには、顔から出なきゃいけないのよね?」
「うむ……」
「ノシュワールの顔からボコっと……」
「うっ……想像しちゃった……」
「なんかやだぁ……」
「しかたないだろう。カクジツにトウバツできるのだから」
「こんな事なら、アリエッタに消し飛ばしてもらった方が」
「やめろっ」
想像しなくていいのに想像し、勝手に気分を悪くするミューゼとネフテリア。
そんな2人を無視し、後ろから見ていても仕方がないと、慌てふためくドルナ・ノシュワールの頭上に移動。観察しながらヒゲが破壊、もしくは取れるのを待つ事にした。
「えっ、顔からパルミラが生えてくるのを待つの?」
「やだキモチワルイ……」
「いいから、ブンリするのをみのがすなよ? ミューゼオラのマホウのほうが、ショウドウブツにはユウコウなんだからな?」
「うう……」
ピアーニャの言う通り、ネフテリアの放出型魔法は、遠距離に対応出来るが、敵味方が入り混じった状態で小動物を狙うには不向きである。その点、自由に操作できるミューゼの植物魔法は、距離こそ限定されるが、的確に動いている相手を捕捉出来るのだ。
つまり生き物が内部から食い破られるのを、ミューゼはしっかりと見届けなければいけなくなったのだった。心底嫌そうである。
「あーもう! 待つのも辛いから、早くヒゲ引っこ抜いてっ!」
たまらず叫んだそのタイミングで、ラッチが飛び出した。よりにもよって目を食い破って。
「ひぃぃぃ!! 怖い! キモイ!」
「ぷううっ!」
ミューゼとドルナ・ノシュワールが悲鳴を上げた。
自分がどこから出ているのか把握できないラッチは、顔を出してキョロキョロと周囲を見た後、再び引っ込む。
鉱物とはいえ、身体の機能自体がそのままなのか、視界を失った様子のドルナ・ノシュワールが更に慌てる。しかし、そんな事は中にいる2人には分からない。
「うーん、サクセンまちがえたか?」
「さっきまでの光を撃ってそこら中破壊したのに比べて、超地味で滅茶苦茶気持ち悪いですよ」
「だからって、アリエッタにやらせるなよ?」
『えー……』
大きくなってしまったものの、可愛い生き物の体内から虫のように侵食している光景を見ている3人の精神は、鉱物の体と一緒にガリガリと削られている。だが、問答無用でアリエッタに消し飛ばしてもらおう……などとはほんの少ししか考えていない……筈である。
「あっ、惜しい。口からはみ出してきた」
「はみ出したとか言わないでくださいよ。もうちょっと上ですね」
「おっと。ノシュワールがほんかくてきに、あばれはじめたな。ってひっくりかえるなよ……でかいんだから……」
「あ、鼻の横から出てきましたよ」
「ひぃ。そのまま表面削り始めたよ! 見てるだけで痛い!」
「あんな風に食べてたんだぁ……うぷ」
パルミラが鼻部分に出た事を察し、振り払われないように浅い部分を食べ進む。腕部を大きな口の形状にして食べ進むその姿は、まさに寄生虫のようである。ちなみに食べた鉱物は、体の中で溶けている。
そして実にあっさりと、ドルナ・ノシュワールの鼻とヒゲがまるごと切り離されたのだった。胴体部分はもう動いていない。
「よしいくぞ! ミューゼオラかまえておけ!」
「はい!」
巨大な胴体が暴れなくなった事で、ピアーニャは一気に接近する。
同時にミューゼが杖を使って蔓を数本伸ばし、ヒゲと胴体の近くに停滞させた。
「パルミラー、ラッチー、それに掴まって戻っ──」
「ひゃっほーう!」
戻るよう言う前に、胴体から飛び出たラッチが、憧れの植物に飛びつき、頬ずり…どころか体中を擦りつけながら登ってくる。
「………………」
「お、パルミラも来たな」
ミューゼ達は見なかった事にした。
ぽんっ
「おっ、出た」
パルミラが蔓の半ばまで進んだところで、動けなくなったヒゲからドルナ・ノシュワールの本体が飛び出た。
すかさず蔓を操り捕縛。そのままもう1本の蔓で貫いた事で、ドルナ・ノシュワールの体は紫色の光となって散っていった。
「ふぅ、最後はアッサリでしたね」
「まぁ元々は無害な小動物だからね。大きくなりすぎよ」
「どっちかというと、アリエッタのほうがヤッカイだった……はぁ~」
後ろでパフィの頭を膝に乗せ、懸命に介護をする純情無垢な色彩と創造の破壊神を見て、深いため息しか出てこないピアーニャであった。