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これは魔女裁判なのだろうか。
ミニ鈴子たちにぐるりと周りを囲まれた私。
カンカーンッと裁判長が木槌を振り下ろした。
『新織鈴子被告、前へ!』
裁判官の黒い法服を着たミニ鈴子たちが、私を責めるような目で見ていた。
『今日のあれはなんだね?』
『よもや社長令嬢に嫉妬したのではあるまいな』
『元カノ出現か!?という疑惑に動揺したところまでは許そう!』
『しかーし! 一野瀬部長と葉山の二人が付き合っていないと判断した罪は大きい!』
『まさか、鈴子。あの男を好きになったとか?』
私が一野瀬部長を好き?
つうっと汗がひとすじ、流れて落ちた。
『そんなことありません!』とすぐに答えられなかった。
私を取り囲むミニ鈴子たちの視線が突き刺さる。
「ち、違います!確 かに素敵だし、私もときめいてなかったと言えば嘘になります。だけど、一野瀬部長と葉山君のカップリングを完全否定したわけではありません!」
懸命に無実を訴えた。
そう。
あのカップリングは最強にして至高。
それは認めている。
『ほう。しかし、一野瀬部長とデートの約束をしていたな?』
『それも夜の水族館だとか』
『これはもう男女の恋人と言っていいのでは?』
男女の恋人って、私と一野瀬部長は恋人ってこと!?
彼女(仮)ではなく、本物の彼女。
それなら私はっ、私は……!
――嬉しい。
そう思った瞬間、ミニ鈴子たちが怖い顔で私をにらんでいることに気づいた。
『裁判長! これは有罪ではないでしょうか!』
『我々に対する裏切りだ』
怒り狂う鈴子たち。
でも、冷静に考えて見てほしい。
「私の人生で、あれほどのハイスペ男性は存在ません! ときめきは不可抗力! 恋が始まらないなんて無理なんです!」
『なんだと! さんざん楽しんできたくせに!』
『葉山から一野瀬部長を奪うつもりか!』
『静粛に! 静粛に!』
カンカーンッ
木槌がまた鳴り響いた。
『新織鈴子。お前が我々を抹殺した罪は重い』
抹殺?
どうしてそんな話になるの?
私はミニ鈴子たちを抹殺なんてしてないよ。
『よって判決は有罪!』
『有罪!』
『ゆうざーい!』
そんな有罪なんてひどすぎるよっー!
そう思った瞬間、体が闇の中に落ちていき、ドスンッと大きな音をたてた。
痛みとともに目を開けた。
「い、痛ぁー……な、なんだ。ゆ、夢。夢かー……夢でよかったぁー」
ベッドから落ちて、天井を見上げていた。
床に打ち付けた背中が痛い。
「ミニ鈴子たちめ。なにが有罪よ……」
よろよろ起き上がると、スリープ状態のパソコンが目に入る。
実は一野瀬部長からデートに誘われてから、『俺を激しく愛してくれよ!』の続きをまったく書けなくなっていた。
一瞬、『ミニ鈴子の抹殺』が頭をよぎった。
まさか、そのせいで?
いやいや、あれは夢。
夢だ。
気にしないでおこう。
ただのスランプよね、きっと。
はあっとため息をつきながら、パソコンの電源を落とした。
今日は金曜日。
明日は一野瀬部長と夜の水族館。
ぽやーんと頭の中で妄想してみた。
「ダメだ。ぜんぜん、思い浮かばない」
経験がなさすぎて、イチャイチャする自分が見えてこない。
おかしい。
BL変換なら余裕なのに。
スーツは紺色のパンツスーツを選んだ。
一瞬、スカートにしようか手に触れたけど、私の手はそれを避けた。
「社長令嬢と張り合ってると思われたくないしね」
そうそう。
私はいつもと変わらないんだから!
ジュエリーボックスからボーナスで買ったダイヤモンドとシルバーのネックレスをつけた。
私は滅多にアクセサリーを購入しないのだけど、これは別。
総務部で結婚ラッシュがあり、今の後輩たちが入社するまでの間、残業続きだった。
このネックレスは仕事をがんばった自分へのごほうびとして買った物だった。
それを身に付けてマンションから出ると、いつもの時間の電車に乗った。
今日はラッキーなことに電車の席が空いていて座れた。
それに会社エレベーターも待たずにすぐに乗れた。
私の運気、もしかして急上昇中!?
ま、まあ、明日デートだもんね。
運気も上昇するわよね。
うきうきしながら、総務部の自分の机に行くと後輩たちが話していた。
「最近、|新藤《しんどう》|鈴々《りり》先生の『|激愛《はげあい》』、更新止まってるね」
「甘い夜からずっとよ?」
「一番重要なところなのに!」
「|貴瀬《きせ》部長と|葵葉《あおば》が結ばれる話よね」
「もしかして、未完結になっちゃう?」
その言葉にどきりとした。
確かに書けてない。
それにミニ鈴子もどこへ行ったのか、夢以外、現れなくなってしまった。
スランプならいいけど、ずっとこのままなら?
朝の夢を思い出した。
『我々を抹殺した』
そうミニ鈴子は言っていた。
もしかして、私が一野瀬部長を好きになると消滅してしまうとか?
「そんな……」
一野瀬部長と葉山君をセットで思い浮かべても甘い夜のシーンがこない。
がくりと机に手をついた。
「まさか、力を失ってしまった……!?」
「新織さん。なにを言ってるの? まだ朝だから余力はあるでしょ。これ、上から」
浜田さんが社員旅行の企画書を持ってきた。
「あ、すみません……」
社員旅行は温泉に決まった。
温泉、紅葉、浴衣――なんとか、頭に二人を思い描こうとしたのに出てきたのは一野瀬部長だけ。
椅子にすとんと座り、ぼうっと遠くを見つめる。
終わった……終わったよ……
新藤鈴々としての私がいなくなったら、残るのはただの普通のOL、新織鈴子だけ。
なんてつまらない女よ。
笑いのひとつもとれやしない。
「あっ! 一野瀬部長と社長令嬢よ」
|紀杏《のあ》さんは一野瀬部長の隣にぴったりと寄り添っていて、葉山君の姿はどこにもなかった。
以前なら、あのポジションは葉山くんだったのに。
「お似合いねー」
「あのスーツシャネルじゃない?」
紀杏さんは着ているものもアクセサリーも完璧で雑誌から出てきたモデルさんみたいだった。
「バカ。新織さんがいるでしょ」
「あれって、ただ社員旅行の打ち合わせしてただけじゃないの?」
「そうかもね」
私が必死に取り繕う必要なんてなかった。
周りから見て、私と一野瀬部長より、紀杏さんのほうが釣り合っていると思われているようだ。
私から見ても二人はお似合いだった。
できる男と、ちょっと我が儘だけど可愛いお嬢様。
そこに萌えはありますか……?
そんなことを思っていると、一野瀬部長がすたすたとこっちに大股で歩いてやってきた。
一野瀬部長の歩くスピードに、紀杏さんがついてこれるわけがなく、後ろを一生懸命小走りで追いかけてくる。
「新織。社員旅行の企画書が通った。確認してくれたか?」
「はい。今、浜田さんから受けとりました」
「その内容で細かい部分を旅行会社と相談しながら決めていこう」
「わかりました」
業務連絡だけをすませて、話を終わらせようとしていたのに、追いついてきた紀杏さんが私に声をかけた。
「あなた、同期の新織さんよね?」
覚えていたんだと思って少し驚いた。
「私、本社に親しい人がいなくて寂しく思っていたの。よかったら、仲良くしてね」
「は、はあ……」
親しい人がいなくて寂しいですか?
いないと言う割に、|遠又《とおまた》課長や常務をはべらしていたような気がしたんだけど。
私の見間違えですかね……
「あら? 新織さん。そのネックレス、誰かからのプレゼント?」
「いえ。これは自分で買った物です」
正直に答えるとクスッと紀杏さんが笑った。
「そう。|貴仁《たかひと》からのプレゼントなのかと思っちゃった。でも、そうよね。貴仁なら、もっと大きなダイヤモンドを贈ってくれるわよね」
もしかして、海外支店時代に一野瀬部長は紀杏さんにプレゼントしたのだろうか。
なんとなく、心の中がモヤモヤした。
「おねだりしたら、可愛いネックレスを買ってくれたんだから。ね? 貴仁?」
「俺が買うまで、動かないと脅したのは誰だよ。店の人間に迷惑だろう」
「でも、買ってくれたもの」
勝ち誇った顔で私を見る。
なぜ、私と張り合うのかわからないけど、じろじろと上から下までチェックされた。
こんなことなら、安物のスーツじゃなくて、高めのスーツのほうを着てくるべきだった!?
「人から与えられた物より、自分で手に入れた物のほうが価値がある。レアなものほど達成感がまったく違う」
「そうですね。わかります」
大好きな作家さんの同人誌。
探して探して探し続け、レアな同人誌を手に入れた時。
あの達成感とときめきはなにものにも勝る!
「手に入れる時、苦労すれば、苦労しただけの感動があります」
「わかるか」
「はい」
私と一野瀬部長は見つめ合い、うなずいた。
なんだろう。
この謎の共感は。
でも、私が自分で買ったネックレスを褒めてくれたことには間違いない。
「勘違いされないよう言っておくが、特別な意味を持つようなプレゼントを贈っていない。ねだられて買うことはあっても、だ」
紀杏さんの可愛い顔が歪むのが見えた。
「それじゃあ、新織。また後で」
仕事なのかプライベートなのか、誰にもわからない暗号のような言葉を残し、一野瀬部長は去っていった。
私だけがわかる約束をしたのだった。