テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「フーちゃんのやった事、じゃなくて、やろうとしてた事はどうなの?」
また陽菜が尋ねた。
「あれは些細でちっぽけな変化だろうね。彼女たちが1960年の日本で放射能テロを計画したのは、20世紀の日本人に原子力の持つリスクを警告するためだったそうだ。日本で原子力の商業利用が始まったのは1960年代だったからね。あの鳥羽上皇に放射性セシウムの塊を持たせたのも、予定外の時代での苦し紛れのそういう行動だったのだろう。だが、たとえ成功していたとしても、それで福島原発事故が防げたとは思えない。1960年代には急速な工業化の副作用として環境汚染が起こり、様々な悲惨な公害病が全国で発生していた。有名なところだけで、水俣病、新潟水俣病、四日市喘息、イタイイタイ病。名前もつかない健康被害はもっとあったはずだ。そこに放射線障害が加わったところで原因不明の公害病として片づけられた可能性が高い。仮に放射性物質が原因だと判明したとしても、その出所を明かせない以上、いや、明かしたところで誰も信じないだろうから、そのまま忘れ去られただろう。その後の日本の経済発展の歴史がおおむね同じなら、やはりそれでも原子力発電所は次々に建設されただろう」
「歴史はけして変えられないって事?」
「細かい部分で改変する事は不可能ではないかもしれない。例えば、福島県のあの場所に原発が出来る未来は変えられたかもしれないね。だが、あの原発事故が起きるのが福島県ではなく、たとえば宮城県や茨城県のどこかになれば、それはより良い未来と言えるのだろうか? あのフーちゃんという少女にとってはその答はイエスかもしれない。だが、日本人全体、あるいは世界全体にとってはどうだろうか?」
また昭雄が真剣な表情で質問する。
「では、タイムマシンは何のためにあるんです?」
アベは直接その質問には答えず、シートにもたれかかって独り言のように言い始めた。
「タイムマシンを使って歴史を少しだけ改変し、たとえば1945年8月5日に日本が無条件降伏するよう仕向けたとしよう。そうすれば広島と長崎の原爆の悲劇は起こらなかった。だが、その改変された歴史では、世界初の原子爆弾は朝鮮半島で5,6年後に使用される事になっただろう。朝鮮戦争の最高司令官だったマッカーサーがしつこくアメリカ大統領に原爆の使用を進言していた事は有名な歴史的事実だからね。だが、広島、長崎の悲惨さが世界中に知られていたからこそ、当時のアメリカ大統領は原爆の使用を許さなかった。マッカーサーを解任してまでね。逆に歴史を改変して広島、長崎への原爆投下を防げたなら世界初の原爆は朝鮮半島で爆発した。それは日本人にとってはより良い未来かもしれない。だが、人類全体にとってはそうだろうか?」
逆にアベにそう問いかけられた昭雄は返事に詰まってしまった。アベは続ける。
「私の時代でも、少なくとも2101年の時点では、三回目の核兵器の実戦での使用は起きていない。そしてそれが、広島、長崎の尊い犠牲のおかげなのだとしたら、歴史を改変して広島、長崎の悲劇を無かった事にする事は正しいだろうか? タイムマシンが実用化された時、政治、経済、軍事その他もろもろの世界中の専門家が大論争をやったのだよ。三度目の核兵器の悲劇が起きなかったのが、広島、長崎の尊い犠牲の故であるのなら、その悲劇をいまさら無かった事にするべきではない。たとえそれが可能だとしてもね。福島第一原発の事故も同じ事だ。タイムマシンは歴史を改変して過去をやり直すためにあるのではない。人類が過去に犯した過ち、愚行を二度と繰り返さないように、そのためにもっとよく過去の歴史を知る事。タイムマシンはそのためにあるのであって、それ以外の目的に使ってはならない」
アベは不意に操縦席から体をねじって陽菜と昭雄に顔を向けて言った。
「それが22世紀の人類がたどり着いた、結論なのだよ」
陽菜と明雄がアベのタイムマシンから降り立ったのは、フーちゃんと一緒に時間旅行へ出発したあの時間だった。アクシデントで時間旅行へ言ってしまった過去の人間は、同じ時間同じ場所へ戻すのが決まりなのだとアベは言った。そしてアベは芝居がかった動作で手を振ってタイムマシンの扉を閉め、たちまち空中へと消えて行った。
何もかもが夢のように感じられた。明雄と一緒に家に入ると、中は確かに出発する以前のまま、何一つ変わっていなかった。玄野がもうそこにいない事を除けば。
明雄は力なくリビングのソファに体を投げ出すように沈み込み、陽菜は急に猛烈な喉の渇きを感じた。
「兄さん。ウーロン茶飲む? あたし、喉がカラカラ」
「ああ、そうだな。頼むよ」
陽菜が冷蔵庫からペットボトルを取り出し、コップに注いでいる間に明雄は所在無げにテレビのスイッチを入れた。ちょうど朝のニュース番組の時間帯で、女子アナの声が流れて来た。ソファの横のサイドテーブルまで陽菜がコップを二つ運んできた瞬間、明雄がけたたましい勢いでソファから立ち上がった。テーブルに乗り出すような格好で食い入るようにテレビの画面を見つめ、そして叫んだ。
「そんな馬鹿な!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!