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#独占欲
#ワンナイトラブ
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部屋付きの露天風呂の湯煙がゆらゆらと立ちのぼり、夜気の中に溶けていく。
湯船に肩まで浸かった僕は、その熱さが肌を刺すような、それでいてどこか突き放されるような感覚を覚えていた。
目を閉じて聞こえるのは遠くの川のせせらぎと、風の音だけ。静かすぎて、自分の呼吸さえはっきり聞こえる。その静寂が、かえって心の中のどろりとしたざわめきを際立たせていた。
(……何やってるんだ、僕は)
湯面に映る自分の顔を見下ろす。会社でも家庭でも何一つ上手くいかない。
(彼女の前でどんな顔をすればいいのか……)
あの夜のことが、呪いのように頭から離れない。脱衣所の浴衣に袖を通し、帯をきつく締め、深い息を吐いた。部屋へと続く引き戸の前で立ち止まり、震える手でそれを開けた。
掘りごたつの向かい側、薄いピンクの浴衣を纏った彼女が座っていた。髪をゆるくまとめ、頬杖をつきながら、手元のグラスを傾けている。
湯上がりの肌は淡く上気し、うなじから鎖骨へと続く白いラインが、襟元から無防備に覗いていた。
僕に気づくと、彼女は花が綻ぶような微笑みを浮かべた。
「お風呂、どうだった? ゆっくりできた?」
「ああ、うん……よかったよ」
目を合わせられず、僕は冷蔵庫からビールを取り出した。彼女の向かいに座り、プルタブを引く。無理やり流し込んだアルコールも心のざわめきを消し去ってはくれない。
「はい、どうぞ」
彼女が、机の上に置かれていたどら焼きを二つに割り、僕に差し出した。
「私一人じゃ食べきれないから、手伝って?」
「……ありがとう」
もはや味もわからない。
「陽一さん」
澄んだ声に名前を呼ばれ、僕は顔を上げた。彼女がテーブルの向こうから、まっすぐこちらを見つめていた。
肌が白くて色素の薄い彼女の瞳は、よく見ると黒じゃなくて暗い茶色だ。まるでの心に溜まった泥をすべて見透かされているようだった。
「……最近、なにかあった?」
「別に。いつも通りだよ」
「嘘です」
彼女は微かに眉を寄せ、唇を噛んだ。
「私、陽一さんの奥さんなんですよ? 分からないわけないでしょ?」
「……」
僕は何も答えられず、黙り込んだ。 彼女は悲しげに目を伏せ、ぽつりと呟いて立ち上がった。
「……少し外の空気を吸ってきますね」
僕は反射的に、彼女の細い腕を掴んだ。
「……僕は怖い」
自分でも驚くほど声が震えていた。
「最近仕事も上手くいかないし、部下の信用も失った。ひよりさんにも……ちゃんと向き合えてない。正直、このまま全部がダメになりそうで怖くて仕方ないんだ」
自嘲気味すべてを吐き出した僕を、彼女は静かに見つめていた。
やがて彼女は僕に向かって踏み出すと、背中に腕を回し、抱きしめた。
「私ね、陽一さんと出会ったときから決めてたの。私がこの人を幸せにするんだ、って。だから、辛いときはその半分を背負わせて」
耳元に届く彼女の声。浴衣越しに伝わる体温が、凍りついていた僕の心をゆっくりと解いていく。
「私ね、子どもはいてもいなくてもいい。一番大切なのは、他の誰でもない『陽一さん』なの」
彼女は囁くように続けた。その吐息が、甘い熱となって耳をくすぐった。
「子どもがいない今は、私が陽一さんをいっぱい可愛がるから。陽一さんも、私だけを可愛がって。……約束してくれる?」
顔を上げた彼女は、いたずらっぽく笑った。
「うん……。約束するよ」