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「……お前、誰だ」
男の低く地を這うような声が、逃げ場のない狭いキッチンに不気味に響き渡る。
首筋にヌルリと触れた指先。
そこに付着した湿った土の冷たさが、全身の産毛を逆立たせ、脊髄を駆け抜ける。
(……!)
私の心臓は、限界を超えて壊れた時計のように不規則なリズムで跳ねていた。
男の濁った瞳は、暗闇で獲物の急所を品定めする肉食獣のそれだ。
だが、私はここで引き下がるわけにはいかない。
私はサヤになりたいのだ。
彼女の煌びやかな光だけでなく、そのドロドロに腐った闇も含めて、すべてをこの手の中に収めたい。
「……何言ってるの、寝ぼけてるの?」
私は、サヤが動画の端々で見せる
相手を少し小馬鹿にしたような「甘い溜息」を完璧に再現して吐いてみせた。
男の指が、ピクリと止まる。
「……声はサヤだな。でも、匂いが違う」
男は獲物の匂いを嗅ぐように、私の首筋に鼻を寄せ、深く、執拗に息を吸い込んだ。
「あいつはもっと、安物の香水の匂いと……反吐が出るような匂いがするんだよ」
男は下卑た笑いを浮かべると、私の細い肩を乱暴に突き放した。
私はよろけながら、壁際に鎮座する巨大なクローゼットに背中を激しく打ちつけた。
ガタッ。
クローゼットの内側から、微かな、しかし決定的な「異音」がした。
何かが、内側から必死に扉を叩いたような、絶望的な抵抗の音。
「……っ」
私は息を呑み、反射的に背後の扉を振り返った。
完璧に管理された『運用マニュアル』。
ブランド品に囲まれたゴミ屋敷。
暴力的な彼氏。
そして、このクローゼットの暗闇に押し込められている「何か」。
「おい、サヤ……いや、サヤのフリをしてるお前にいいもの見せてやるよ」
男が千鳥足で近づいてくる。
その手には、いつの間にか玄関に転がっていた
あの「黒い土」がこびりついたスコップが握られていた。
「本物のサヤが、最近どうして動画を更新してないか、知りたくないか?」
男が、クローゼットの取っ手に太い手をかける。
私は恐怖で声も出ないまま、ただその光景を凝視した。
ゆっくりと、死の扉が開かれる。
中から溢れ出してきたのは、脱ぎ捨てられた高級ワンピースの山と───
口を粘着テープでぐるぐる巻きにされ、涙で汚れきった顔でこちらを見つめる
ボロボロになった「本物のサヤ」だった。
「……あ、あ……」
サヤの四肢は無慈悲に縛り上げられ、自由を奪われている。
彼女の細い足首には、男の指先と同じ、重く湿った「黒い土」がべっとりと付着していた。
「この女、逃げようとしたんだよ。俺の金を、持ち逃げしてさ。だから、ちょっと『お仕置き』して……裏庭に埋める準備をしてたんだ」
男は愉悦に浸るように、スコップの冷たい先端でサヤの青ざめた頬をなぞった。
そして、ゆっくりと顔を上げ、狂気に満ちた目で私を見た。
「でも、ちょうどいい。お前、サヤにそっくりじゃん。……お前が今日から、新しい『サヤ』になれよ」
狭い部屋の中に、鏡合わせのように並んだ二人のサヤ。
一人は、本物でありながら絶望の淵で震えるだけの肉塊。
もう一人は、偽物でありながら、ついに手に入れた「役座」に歓喜し、狂おしく震える私だった。
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