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#パワハラ上司
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「……私が、新しいサヤ?」
男の吐き出した言葉が、換気の悪い狭い部屋に毒霧のように回っていく。
足元に転がされた「本物」のサヤは、粘着テープ越しにこもった悲鳴を上げ
剥き出しの恐怖で必死に首を振っている。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔、不規則に剥げかけたジェルネイル。
それは、私がスマホの画面越しに崇拝した
あの気高く美しいインフルエンサーの無残な成れの果てだった。
「そうだよ。こいつはもう使い物にならねえ。情緒不安定で、顔に傷がついたら案件もフォロワーも一気に飛ぶしな」
男は無造作にスコップの先端で、本物のサヤの脇腹を小突いた。
サヤの体がビクリと痙攣するように跳ねる。
「お前、ずっとこいつの『なりきりごっこ』をしてたんだろ?だったら本望じゃねえか。今日からこの部屋も、クローゼットの服も、何万人ものフォロワーも……全部お前のものだ」
男がニチャリと下卑た笑いを浮かべ、私の頬を汚れた指先でなぞる。
湿った黒い土が、私の白い肌に汚い筋を作る。
普通なら、悲鳴を上げて逃げ出す凄惨な場面だ。
けれど、私の胸の奥では、ドクンと熱い何かが猛烈に脈打っていた。
(……全部、私のもの?)
サヤが毎日浴びていた、何万もの賞賛という名の「いいね」。
彼女が優雅に袖を通した、数十万円のデザイナーズドレス。
そして、この部屋に漂う彼女の生活の残香、そのすべて。
私はゆっくりと視線を落とし、床に這いつくばる「元・サヤ」と真っ直ぐに目を合わせた。
彼女の濁った瞳には、偽物への剥き出しの軽蔑と
それ以上に深い、救いを求める浅ましい哀願が混ざり合っている。
「……本物になるなら、一つ、条件があるの」
私は、自分でも驚くほど冷徹で澄んだ声を出した。
サヤよりも少しだけ低く、けれどサヤよりもずっと「本質的」な響きを帯びた声。
「条件だぁ?」
「この女を、私に処分させて。……完全に私たちが『入れ替わる』ために。余計な未練も形跡も残したくないの」
男の細められた瞳に、驚愕の色が走る。
次の瞬間
彼は肺を震わせ、狂ったように笑い出した。
「ハハッ! お前、最高だな! サヤよりよっぽど『本物』の素質があるわ!」
男は腰のベルトに差していたカッターナイフを無造作に抜き、私の足元へ放り投げた。
チリ、と硬質な金属が床を滑る乾いた音。
私は迷わずそれを拾い上げ、本物のサヤの元へ静かに歩み寄った。
彼女の絶望に満ちた瞳に、鋭利なカッターの刃が冷たく反射する。
「……ねえ、サヤ。あなたが維持できなくて捨てたかった人生、私が代わりに、綺麗に大事に使い切ってあげる。だから、安心してね」
私は彼女の耳元に唇を寄せ、世界で一番慈愛に満ちた声を出しながら銀色の刃をゆっくりと立てた。
そのとき
私のポケットの中で、スマホの通知音が鋭く響いた。
サヤになりすましてメッセージを送っていた
「サヤの唯一の親友」からの返信。
『サヤ、今日の夜、例の件で警察に行くって言ってたよね? 準備できた?』
液晶の青白い光が、暗がりに沈む私の顔を死人のように照らし出した。