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4歳も年下のボス。
雪丸が高校生で、遥はまだ中学生のころに出会った人生の相棒。
頭がよくて、正直者で、初めのうちはかわいい弟のように思っていた。
金持ちのボンボンにありがちな奢りもなくて、一緒にいて楽しかった。
「すみませんでした」
遥かに叱られた後、礼が雪丸のデスクの前に立った。
しおらしく頭を下げる姿に、何か言ってやろうかとも思ったがやめた。
礼だって馬鹿じゃない。詐欺師の正体がわかった時、雪丸や遥に報告することもできた。
でもそれをしなかったのは非難の矛先を自分に向けるため。
実際、社内では詐欺師に騙されたことへの責任問題よりも礼がなぜそのことに気づいたのかの方が話題になっている。
ただでさえ遥の口利きで入社した礼は陰口をたたかれることが多いのに、今では完全に時の人だ。
「ご迷惑をかけてすみません」
黙ったままの雪丸に、もう一度謝る礼。
「言葉と行動が伴っていない」
少し声を落とし、上目使いに睨みつける。
こうやってしおらしく謝ってはいても、同じ状況になればまた同じことをするだろう。
礼はそういう奴だ。
***
10代のころ、雪丸と礼は出会った。
当時の雪丸は学校にも行けなくて、バイトをしながら生きていくのが精一杯だった。
その頃知り合ったのが礼。
高校には行きながら夜になると食堂の厨房でバイトをして、必死に生きていた。
スタイルもよくて美人のくせに男運だけは悪くて、つまらない男にばかり引っかかる礼に雪丸はいつも説教していた。
「今度はまともな男なんだろうな?」
「失礼ね。みんな本当はいい人なのよ」
「どこがだよ。何人もの女と同時に付き合う男や、ギャンブルで借金まみれの男、嫁と子供がいるのに高校生と付き合おうとする男のどこがいい奴なんだよ」
きっと礼が優しいから、そういう男が寄ってくるんだ。
「雪丸だって、かわいい中学生を拾ったそうじゃないの」
普段友達の少ない雪丸をからかうように礼が笑う。
「ふん、勝手に笑ってろ」
こうなってしまったことに一番驚いているのは雪丸自身。
まさか中学生と友達になるなんて思ってもいなかった。
まあ、それだけ遥が特別だってことだが。
「一度会わせてよ」
「そうだな」
礼になら会わせてもいい。
これが運命の出会いだった。
***
「はい、坂田です」
相手が社長なのを確認して、電話に出た。
「遥は?」
いつもより不機嫌そうな声で用件のみ。
これは相当ご立腹のようだ。
「打ち合わせに入っていますが」
今は小川萌夏と話しているはず。
出来れば邪魔はしたくないんだが。
「電話するように伝えてくれ」
「はい」
今回の件、遥が言うように会社としての損失は大きい。
どう決着をつけるつもりなんだか。
とりあえず礼と高野には報告書の提出を指示した。
小川は・・・きっと遥が叱ってくれるはずだ。
後は営業部として責任をとるしかないだろう。
さあ、そろそろ様子を見に行くか。
重い腰を上げ、遥は次長室に向かった。
トントン。
***
「はい」
遥の返事とともにドアを開けた。
目に入ってきたのはソファーに向かい合って座る遥と小川。
一瞬目が合った小川は、今にも泣きだしそうな表情に見える。
一方遥はめんどくさそうに雪丸を見た。
「明日の会議資料ならデスクの上だ」
「はい」
「社長からの電話は折り返す」
「はい」
「心配しなくても、30分後には出る」
「はい」
何の説明もしなくても、聞きたいことの答えが返ってくる。
知らない人間から見れば気持ち悪いと思えるくらい遥は人の思いが読めてしまう。
いつものことだが、驚かされるばかりだ。
朝確認を頼んだ会議用の資料を受け取り、もう一度小川の様子を見て部屋をでる。
30分後には次の予定に向かうと言うんだから、説教も長くは続かないだろうとあえて口を挟まなかった。
言いたいことがないわけではないが、今回は遥に任せよう。
小川萌夏。
本当に、変わった子を拾ってきてくれたものだ。
親友でありボスである遥に文句を言うつもりはないが、これ以上の騒動を起こさないでくれればいいと雪丸は祈るしかなかった。