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 できることなら履歴書に書きたい。
 異世界に来て三日目、と。
 たとえTOEICでどんなスコアをたたきだそうとも、この経験には及ばない。
 本来ならば今ごろ林間教室というつまらない行事でつまらない山の中にいたはずだ。
「やっぱりここが帰還の台座か」
 巻木は街の中心部にある広場に立っていた。
 目の前の円形舞台には四つの柱が立っている。
 柱の先端はくぼんでおり、いかにも何かを置けといった形状だ。
 つまりここは帰還へのワープポイント。
「オーブですよ。帰還のオーブを置くんです」
 海月はシスターからもらったノートと鉛筆を使いメモを取っている。
「オーブは迷宮や聖なる泉などにあるという」
「やっぱり先輩は知ってるんですよね。そろそろネタ晴らししてくださいよ。もしかして本当にこれは先輩が仕組んだんですか?」
「お前より先輩だから知識があるだけだよ」
「いや、厳密に誕生日でいうと僕が先輩ですけどね」
 海月が不審そうな目を向ける。
 確かに巻木にはこの世界の一部を知っているというアドバンテージがある。
「他の連中にはまだ言うなよ。……帰還者を俺は知っている」
 巻木は声を落としながら周囲を確認する。
「俺はとあるネット小説を読んだことがある。それはクラスごと異世界に転移して帰還のオーブを集める話だった。ちょっとした事件があってすぐ削除されたけど」
「そんなチープな話は腐るほど転がって発酵してますよ」
「とある歌手に感銘を受けたことがきっかけだった。なんていうか天才の書く詩だと感じた。すると彼女の人生についても知りたくなる」
「それってマイルドなストーカーっすよ」
「そのストーカーだ」
 実際にこの世界に召喚された人間がいる。
「……もしかしてリッチー?」
 はっと海月も気づいた。
マルチタレントの四宮リッチー。
「リッチーのストーカーの話は本当だったんだ。彼女は帰還し才能を開花させた。一方男のほうは記憶を持ち帰った。ついでにリッチーの本名は篠宮理知だ」
「先輩ってリッチーに興味ないって言ったじゃないっすか」
「あれは嘘だ」
 大ファンだった。そしてそのストーカーの小説も読んだことがある。
 明らかにこれと酷似した内容だった。
「でも、神託によると前回の召喚は50年前だって」
「あっちとこっちで時差があるんじゃないか?」
 天才と称されるマルチタレント。あの才能はこの異世界で拾ってきたものだ。
「とにかくリッチーストーカーのおかげで俺は帰還ルールも知っていた」
「二つのルールっすね」
 帰還のルールは神託を受けた真理亜から説明されていた。

 帰還ルール1 四つのオーブを集めること。帰還の台座に乗ったすべてが帰還できる。ただしその時点で生存する女子のすべてと男子が一人以上必要である。

 海月のメモにそう記載されている。
「女神様の説明によると、女性はその世界において聖なる存在だから、元の世界に返す必要があるって言ってましたね」
「女神だから女子を贔屓してるのかもな」
「その点、男子は一人以上とか」
「一人は必要なんだよ」
 巻木は左手を見せた。いつの間にか妙な紋章が刻まれている。
 これは男子全員に与えられたものだ。
「これが力だってさ」
 巻木がナイフを投げると、大樹にずばっと突き刺さった。
 武器は前回の召喚者が集めたもので、シスターが管理していたという。
「な、ほら、どうだ?」
「いや、三日間もその練習と自慢げな顔を見せられてうんざりっす」
「つまりこれは戦う力だ。同時にオーブを作動させる『リターン』という魔法でもある」
「なるほど、オーブの着火剤のような感じなんすね」
 早速メモに書き込んでいる。海月にかかると聖なる力もライター扱いだ。
「そしてもう一つの帰還ルール」

 帰還ルール2 一つのオーブが必要。女性がオーブを手に持ち、帰還の台座の上で任意の男子とペアでリターンの魔法を使う。使ったオーブは砕ける。

「こっちだと二人しか帰れないってことっすよね。コストが悪いなあ」
「でも、リッチーはそっちを使った」
 そして彼女とストーカーの男子以外は海に沈んだ。
 その低コストのルールを選択した理由はなんだったのか……。
「先輩のおかげでわかりやすいっすよ。いきなり神様から説明受けても頭に入ってこなかったし、シスターさんに聞いても『女神様のお導きのままに』ばっかりだし」
 シスターはたったひとりでこの街を維持し、女神に祈りを捧げて暮らしていたという。
 彼女からこれ以上の説明は期待できない。
「真理亜さんに聞いても神託の記憶はなくてげっそりしているし。まあ体を乗っ取られたからしょうがないっすけど。初めて見ましたよ、イタコってやつですよね」
「スケールを小さくするんじゃないよ」
 イタコではなく神託だ。それは真理亜だけに与えられた神聖な特殊能力。
 そして女子はそれぞれギフトを与えられたという。
「俺の情報も公開した。そっちの手持ちも見せてくれ」
 海月が転入生という立場と愛想のよさを利用して能力をまとめていることを知っていた。
「……特別ですよ。個人情報なんですから」

 一 愛沢ナナ  不明 綺麗で優しい人。
 二 井本鏡花  宝石鑑定。
 六 佐藤杏 調理能力
 七 鈴木真琴 数字が見える?
 十一 南野海   不明 クラスに彼氏がいる。読み方はナンノマリン。
 十二 火野真理亜 神託
 十三 星静流   高速演算 クラス委員長。ちょっと怖い。
 十五 夜野美鈴  不明 明るくていい人。先輩との仲があやしい。
 X 香田海月  サイコロで1の目を出す。知的で可愛い女の子。

「ずいぶん空白があるな」
 コメントもずいぶん恣意的だ。
「能力が不明な人とか、ショックでまだ会話できない人がいるんですよ」
「無理に接触するなよ。お前は人の顔と名前を覚えるのが苦手なんだから」
「もうキャパオーバー寸前っすよ。真理亜さんの神託みたいに派手なことしてくれれば覚えられるんですけどねえ」
「美鈴とかは能力不明なのにメモしてるんだな」
「バスで一緒にカードゲームしたから覚えないと失礼でしょ」
「南野海をメモった理由は?」
「先輩がどっきりを仕掛けようとしたカップルでしょ。物陰でイチャイチャしておっぱじめる寸前を見ちゃって、嫌でも覚えちゃいましたよ」
 結果的に盛大などっきりとなってしまった。
「お前の能力はしょぼいな」
「そうなんすよね」
「嘘だろ」
「はい」
 実際にサイコロを振るところを海月は見せていた。
 だがそれはイカサマダイスだ。
昔に巻木が海月にやったものだから知っていた。
「人の能力を聞くんなら、まず自分のカードを見せなきゃじゃないですか。でも、僕はまだピンとこないんですよね」
「女神のギフトってピンとくる感じで発生するの?」
「井本鏡花さんの宝石鑑定も実証済みです。教会に一個だけあった宝石が『美貌の宝石』で、持ち帰ると美しさを得るって。女子たちの目がきらきらしてましたよ」
「美の宝石ねえ」
「まあ僕はもう持ってるから必要ないけどぉ」
 あえて突っ込まずにいると、海月がふくれっ面をする。
「とにかく先輩は知ってること話してくださいよお。攻略本を持ってるようなもんじゃないっすか。チートっていうんすよチート」
「そんなんじゃないんだよ。光る剣を持ってズバッとかグシャっとかそんなレベルの内容だ」
 不幸なことにあのストーカーには文才が欠けていた。
文法もめちゃくちゃで、それでいて自分をヒーローとして描き、さらには物語が進むにつれてリッチーへの恨みつらみを記した手記へと変化する。
 二人は元の世界に戻ったら恋人になろうと約束したらしい。
 だが、当のリッチーは当然ながら異世界の記憶を失っている。
 ネット小説は未完のまま削除されたが、現実は悲劇的な結末を迎えたことは確かだった。
「それにしても、スローライフって感じっすね」
 海月が生徒たちが集まる広場を振り返る。
 この教会前の広場では、男子たちが武器を手に取りはしゃいでいる。
 こんな状況だが彼らの気持ちはわかる。
 与えられた力はそれほど素晴らしいものだ。
 全身にみなぎる力とそれを完全に制御する感覚は、まさに女神の祝福。
 とにかく与えられた力を使いクラス全員で帰還する。
 強い絆で結ばれたこのクラスならばそれが可能だ。
 ……いや、必ず帰還してみせる。
「ねえマッキー、どう、似合う?」
 声をかけてきたのはマントを羽織っている美鈴だ。
「呆れるくらい似合ってるよ」
「美鈴ちゃんの能力はわかったんすか?」
 海月は美鈴にはフレンドリーだ。
「もしかしたら私、超能力者かもしれない」
 現実でそのセリフを聞いたら病院に行かせるが、この世界ではありえる。
「スープを飲もうとしたとき、少しスプーンが曲がったの」
「しょぼっ!」
 思わず失言した巻木の横で海月が「なるほどスプーン曲げか」とメモっている。
「ちょっと待って、まだわからない。これから広がる可能性があるから」
 さすがに聖なるギフトがスプーン曲げなのは認めたくないらしい。
「私も男子のようなのが欲しかったな。ガッキーたちはチームを組んで森に狩猟に行っては獲物を引っさげて戻ってくるの。なんかゲームみたい」
 海月が首をかしげているので「石垣だよ。俺に絡んだでかいやつ」と補足してやる。
「解体と料理は杏ちゃんがてきぱきやってくれるしすごいのなんの」
「調理ギフトを授かった佐藤杏さんですね」
 海月がメモを確認してうなずく。
「あ、ほら、ガッキー組が戻って来た」
 美鈴が指さす先には鹿のような獲物を運ぶ男子たちの姿がある。
 マントを羽織り剣や弓を持つその姿はまさにゲーム。
 獲物を見ようとクラスメイトたちが集まってくる。
 最初は遠巻きに見ていた女子たちも慣れたものだ。
 衣食住がそろったことで楽観的な空気が蔓延していた。
 そんな中でひとりだけ空を見上げる女子がいた。
 鈴木真琴。
二日前から言っていたが、空に数字が見えるという。
「鈴木さん、まだ見えるの?」
 巻木は彼女に近づき一緒に空を眺めるが、流れる雲があるだけだ。
「タイマーが減ってるの。デジタルの数字で……残り三分を切った」
 その数字の意味は不明だ。ストーカー小説にも記載されていなかった。
「カウントダウンということね。ゼロになったら何かが起こる」
 声がした方を向くと、クラス委員長の星静流がいた。
「よくわかるね、委員長」
「あなたが女神ならどうする? 世界を進化させたいのに私たちをこんな風に遊ばせておく? 私が創造主なら試練を与える。ゲームのようにね」
 静流の眼鏡がぎらっと光る。
 もともとクラスでも素質を持っていたが、ギフトを授かりさらに鋭利になった。
「残り1分を切ったよ」
 鈴木真琴は自分だけが見える数字に怯えている。
「僕が神様だったらファンファーレをならしてタイトル画面ですがねえ」
「説明が欲しいところだよな。神託じゃなくて女神様のご登場とか」
 巻木は必死で記憶を引きずり出す。
 ……ストーカー小説では何があった?
 序盤は異世界転送のパニック続きで文章も支離滅裂だった。
「残り十秒。九、八、七……」
 鈴木真琴がカウントダウンをする。
「……ゼロ」
 ファンファーレも女神の登場もなかった。
「……まあ、こんなもんだよな」
 巻木は両手を広げて彼女たちを振り返った。
「ん?」
 見えたのは石像のように固まる海月たちだった。
 同時に背後から咆哮。
 心臓が凍りつく、という感覚を初めて知った瞬間だった。
 ゆっくりと振り向くと、あの円形舞台の上に何かがいた。
 ……何かだ。
 舞台の上に何かが噴出した。ヘドロのような何かがグネグネと動いている。
「化け物、いやモンスターだ……」
 海月の震える唇から漏れた言葉で、思い出した。
 そうだ、ストーカー小説の序盤にも得体のしれない敵が登場していた。
 静寂ののちに女子たちの絶叫が響く。
 パニックだった。突然姿を現した何かを前に皆はランダムに逃げ出した。
 混乱が混乱を呼び、生徒たちが将棋倒しになる。
「逃げろ!」
「男子は逃げるな!」
 その男子の声を遮った冷酷な声は静流だ。
「男子は女子を守って! そのための力でしょ!」
 巻木もやっと状況を理解した。
 ……そうだ、これは役割だ。
「下がってろ」
 巻木は海月らを押しのけ走る。
 持っているのはナイフだけ。これでなんとかなるか?
 いや、まずは武器を探すべきだ。
 混乱の中、巻木以外にも恐怖に打ち勝った男子たちもいた。
「逃げんじゃねえぞ!」
 剣を持って叫んでいるのは石垣だ。
 連日狩りに出かけて自分の力に酔っていた。
その酔いが恐怖を緩和した。
「女子を守れ!」
 普段はへらへらとしている神田も声をあげる。
 モンスターが再び咆哮した。
 空気がびりびりと震え、女子たちが腰を抜かす。
 ……助けなければ。
 無力な女子たちを守ってやらねばいけない。
「えっ」
 何かが宙を舞った。
 蛇のように蠢くモンスターが、男子の一人を吹っ飛ばしたのだ。
 それを見たクラスメイトたちは石像のように固まった。
 戦闘態勢を取るモンスターを前に、巻木の走る速度が落ちる。
 ……逃げるな、女子たちを守れ。
 彼女たちは帰還に必要なギフトを持っている。
そのカードを失うわけにはいかない。
 そのときモンスターがたじろいだ。
 光だ。
 その光はモンスターの前でへたり込む女子から発せられていた。
 金色の光の粒子が発生し形を作っていく。
 巻木は再び加速した。
 そして光で具現化された剣を握ると、助走をつけて投げる。
 結末はあっさりとしていた。
 光の剣に貫かれたモンスターは停止した。
 パソコン画面にノイズが発生したかのようにブレ、黒いチリとなって消えていく。
 ……そして静寂。
 モンスターは完全に消滅し、残ったのは輝く球体だった。
「……帰還のオーブだ」
 巻木はつぶやいた。
「なんで知ってるの?」
 いつの間にか隣に星静流が立っていた。
「その光の剣はギフト? 意識して出したの?」
 続けて剣を生み出した女子に視線を向ける。
「秋沢君が!」
 叫びに止まった時が動き出す。
 吹っ飛ばれた男子が倒れている。
 腹の出血がひどい。そしてデータにバグが生じたようにバチバチと音を立てている。
「あ……」
 周囲の声は戸惑っていた。
 不思議なくらいあっさりとその男子は粒子となって霧散した。
 ……死んだ。
『再びリセットすることはできません』
 女神の言葉を思い出した。
 この世界にも死が存在する。
そして死ねば元の世界にも戻れない……。
 再び時が止まるこの場で動いた者がいた。
 帰還のオーブを拾った女子の姿が視界の端に映る。
 南野海、そしてその隣には恋人の棚橋。
 この異世界で公認カップルとなった二人は、走った。
「止めて!」
 いち早く叫んだのは星静流だった。
 彼女は二人の意図を誰よりも早く察知した。
「神田、逃がすな!」
 巻木は円形舞台のそばに立つ神田直人に叫ぶ。
 南野海は帰還のオーブを手にしている。
そして彼女に引っ張られるように走る棚橋。
 帰還パターンの2だ。
 一つのオーブがあればペアは帰還できる。
 走る棚橋が何かに足を取られてバランスを崩した。
 ほぼ同時に神田が棚橋にタックルをしてなぎ倒す。
 南野海も転倒し、オーブと光る小さな石が転がった。
「……美の宝石ね」
 宝石を拾い上げた静流が、海に冷たい視線を投げる。
「ナイスタックル、神田」
 巻木は呟き、胸から重たい息を吐きだす。
 神田に抑え込まれた棚橋の足にはナイフが刺さっていた。
「先輩……」
 横に青ざめた海月が立っている。
「棚橋がナイフを踏んだようだ」
「いや、先輩がナイフを投げるの見たんすけど……」
「黙れ、何も言うな」
 思考が混乱してまったく整理できない
 いきなり出現した異形の何か。
光り輝く剣が生み出され、それを投げた自分自身。クラスの裏切者。
……そして死者。
 巻木は心の中であのストーカーに謝罪した。
 文才がないと罵倒した自分こそ間違っていた。
あれこそ、この世界を端的に表現していた。
 この世界は……まさに支離滅裂だ。
「これが異世界か?」
 巻木は空を見上げ女神に問いかけたが、返答はなかった。

3分間のロングバケーション

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