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社屋の戸締りとセキュリティシステム始動の操作をして田岡や野田と別れた実篤さねあつとくるみは、店舗横の来客用駐車場とは違う、少し離れた場所にある従業員向けの駐車場へ向かった。


実篤さねあつにはよくわからないけれど、くるみが言う〝移動先〟へは、実篤さねあつの車を使うことになったのだ。



さむうない?」


ロングコートを羽織っているとはいえ、時節の挨拶で「秋冷しゅうれいこう」から「晩秋ばんしゅうこう」へ切り替わるあたりの肌寒い季節。

日中はそうでもないけれど、日が落ちると空気がグッと冷え込むのを体感するようになる時分だ。


女の子は身体を冷やすと良くないと妹の鏡花きょうかがよく騒いでいたのを思い出して、すぐ横を歩くくるみをいたわったら「大丈夫です」と小さな声が返る。


実篤さねあつもさすがにオオカミ男あの姿のまま外を彷徨うろつく勇気はなかったので手袋と耳を外してコートを羽織ってはいるけれど、もしもくるみが寒いと震えるなら、上着を脱いで貸すことも躊躇ためらわない覚悟はあった。


(ま、ハロウィンじゃし、少々変な格好しとっても何とかなるじゃろうし)


そんな風に思っていたのだけれど――。


(くるみちゃん、何か元気なくないか?)


どうもさっき、実篤さねあつがくるみに逆らって?以来、彼女がしゅん、としていることが気になっている。



先刻はくるみの方からギュッと握られた手だったけれど、今度は実篤さねあつからそっと握ってみた。


恐る恐る触れたくるみの手は、思いのほか冷たくて。


「ちょっと急ごっか?」


早いところ車に乗せて、暖房で温めてあげないとちゃらんと!と思ってしまった実篤さねあつだった。



***



一応社長と言うことで、「そこそこ見栄えのするもんに乗らんにゃーいけんぞ」と父親に言われて、そんなに興味はないけれど、実篤さねあつはグレーメタリックが綺麗なCX-8に乗っている。

マツダ車を選んだのは、高校時代の友人がマツダの営業をしていたからその付き合いで。


実篤さねあつとしては、もっと小さくて小回りのきく軽自動車で充分じゃろと思っていたりするのだけれど、上に立つ者にはハッタリも大事だと言われては無下にも出来ず、従った感じだ。


強面こわもてで有名じゃった栗野くりのが社長かよー」

とか何とか揶揄からかいながらも、街乗りでの快適性を重視した都市型向けと言われるクロスオーバーの大型SUV車を買うと言った実篤さねあつに、その友人は終始笑顔で接してくれたのだ。



助手席に乗り込んでシートベルトを付けるなり、ずっと黙り込んでいたくるみがガバリと頭を下げてきた。


「ごめんなさい、実篤さねあつさんっ、うち……」


先程も事務所内でくるみが自分に謝ってきたのを思い出した実篤さねあつは、エンジンを掛けてエアコンの設定温度を少し上げたところで手を止めると、くるみの方へ身体ごと向き直った。


「さっきも言うたじゃん? 謝らんでええよ?って」


うつむいたままのくるみの顔に触れるとそっと上向かせて。

ついでに自分の方を向かせるように誘導すると、実篤さねあつは「――けど、何でそんなに謝らんといけんと思うちょるんかは知りたいな? 俺にも分かるように言うてくれる?」と畳み掛けた。


こんなに謝ると言うことは、くるみにだってきっと、何か思うところがあるはずだから。

どうせなら、そこを汲み取ってあげたいと思った実篤さねあつだ。


「うち、さっき、ヤキモチ妬いてワガママ言うてしまったからしもうたけん……」


ややしてポツンとくるみがつぶやいて。

実篤さねあつはヤキモチ?と疑問に思いながらも、くるみが先を話しやすいように敢えて口を挟まなかった。


実篤さねあつさんの姿はうちが一番最初に見たかったんですっ! なのに――」


そこでやっと「ああ」とに落ちた実篤さねあつだ。

くるみが事務所内に入るなり不機嫌そうに見えたのにも、やっと納得がいった。

しかし同時に「どう考えても可愛くないけぇね? くるみちゃん、眼科行って!」と、コスプレという語句のパンチ力を無視して形容詞の方に引っ掛からずにはいられない。


かろうじて口には出さずにグッと堪えはしたけれど、後でちゃんと訂正しちょかんと!と心に刻んだ実篤さねあつである。



「田岡さんも野田さんもズルイです。うちより先に実篤さねあつさんの狼男かわいいの見て!」


そう思ったら一刻も早く実篤さねあつを二人の目から隠したくなってしまったのだと言う。


「いや、くるみちゃん。これ、そんな大したもんじゃないし。それに……言うほど可愛くもないけんね?」


確かにぬいぐるみみたいにモフモフではあるけれど、犬猫みたいに抱きしめたいかと言われたら絶対違うと実篤さねあつは断言出来る。


くるみの間違いをしっかりきっかり正してあげたかった実篤さねあつだったけれど、途端涙目で見上げられて、

「うちにとっては可愛いく見えるんじゃけぇ、仕方ないじゃないですかっ。お願いじゃけ、否定せんちょって?」

と言われてしまっては、それ以上何も言えなくなってしまうではないか。


「……ごめん。もうはぁ言わんけ、許して?」

ややして、しゅん……となって謝ったら、「ほら、やっぱり凄くぶち可愛いです」と涙目で見上げられた。


(いやっ! 可愛いのは絶対くるみちゃんの方じゃけ!)


心臓が痛いぐらいくるみのウルウルな目にノックアウト寸前の実篤さねあつだ。



実篤さねあつさんはあそこでは社長さんで……責任がある身なのに……うち、嫉妬に駆られてお仕事の邪魔してしもうて……ホンマ恥ずかしいです」


仕事は終わっていたけれど、きっと戸締り云々うんぬんをおろそかにさせそうになったことに対してくるみは謝りたいのだと実篤さねあつは理解した。


「ええんよ。気にせんちょって? ――それに俺、ちゃんと踏みとどまれたじゃん? 謝るぐらいならそこを褒めて欲しいんじゃけどな?」


言って、実篤さねあつはくるみの手をギュッと握る。

心臓がバクバクなるのを堪えながらじっと彼女の潤んだ目を見つめたら、くるみが瞳を見開いて。


ややしてふんわり笑うと、「ええ子ええ子」と頭を撫で撫でしてくれた。


(いや、くるみちゃん、そうじゃなくてっ!)


頭を撫でられながら、ギュッと目をつぶった実篤さねあつが、

(俺、頭撫でられるよりキスとか……キスとか……キスとか……がかったです!)


そんなことを期待してしまっていただなんて、ヘタレな彼に言えるわけがなかった。



***



くるみが行こうとしていたのは、市内にある米軍基地内でもよおされるハロウィンイベントだった。


米軍基地ベースの従業員さんにうちのパンを贔屓ひいきにしてくださっているくれちょっちゃって方がいらっしゃるおっちゃってんですけど、その方、子供さんの人数が多いけぇハロウィンの夜、助っ人が欲しいっておっしゃって言うちゃって


聞けば今時珍しい子沢山。

上は小学校中学年児童から、下は一歳にも満たない乳幼児という、六人ものお子さんの親御さんらしい。


「五人目が出来た思うたら双子ちゃんじゃったらしいんです」


結果、子供五人でも多いのに、六人の子持ちになられたんだとか。


「ちょっとうらやましいです、兄弟姉妹きょうだいがたくさん」


一人っ子のくるみとしては、そんな風に思うらしい。


だが実篤さねあつはそれよりも気になることがあった。


「えっと……もしかしてそれって子供だけがコスプレしたらええんじゃないん?」


大人が一緒になって仮装するのは恥ずかしいんじゃなかろうか?と思ってしまった実篤さねあつだ。


日本のイベントなら大人が仮装をしてワイワイ騒ぐのも結構あちこちであるし、大衆に紛れるならばそれもまたありだと思う。(それでも恥ずかしいことに変わりはないけれども)

だが、本場ベース内の、となると話は別だ。


「大丈夫ですよ〜。大人でも結構子供と一緒に仮装しちょる人いらっしゃるらしいおっちゃってみたいです。大人たちは子供らぁが寝静まってからアルコールやら飲んでクールに騒ぐんじゃそうです」


うふふ、と笑うくるみに、実篤さねあつは「ほんで俺ら、それに参加する宛があるん?」と至極当然な問いかけをしてしまった。


「そんなんあるわけないじゃないですかぁー。だってそれはアメリカの方達のパーティーですけぇね。うちらにはちっともいっそも関係ないです」


とか。


正直どういうことなん!?と疑問符満載になった実篤さねあつだ。



だからほいじゃけ実篤さねあつさんも、ベースん中じゃあ狼男かわいいん隠しちょって下さいね。うちも着ちょる衣装、見えんようにコレ羽織っちょるんです」


言ってロングコートをちょいちょいと引っ張って見せるくるみに、実篤さねあつは「俺、そんなん聞いちょらんよ!?」と思ってしまった。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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