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「今の時期じゃけ、実篤さんも上着持ってらっしゃるでしょう?」
それはそうなのだが。
「それを着て、衣装隠しちょいて下さいね。大人のハロウィンパーティーは子供らを寝かしつけてからじゃけぇっ!」
幸い明日はくるみも実篤も休みだ。
「うちらのハロウィンパーティーは、子供たちとサヨナラした後、二人っきりで、――ね?」
小悪魔くるみは、〝二人っきりで〟とかいうパワーワードを織り込んで、少々夜更かししても大丈夫ですよね?と言外に含ませて実篤を誘惑する。
それを受けて、夜更かしどころか一晩中だって一緒におりたいんじゃけど!と思ってしまった実篤だったけれど、付き合い始めて一ヵ月ちょっと。
キスだってまだ出来ずにいるヘタレな忠犬実篤に、そんな大胆な言葉なんて紡げようはずもなく――。
「そう言や、ベースのハロウィン終わったらどこ行く予定なん?」
と聞くのが関の山だった。
そんな実篤に、くるみは「実篤さんのおうちにお邪魔したいな?とか思うちょるんですけど……ダメですか?」
と、これまた小悪魔モード全開で小首を傾げて見せる。
「え、いやっ、それは別にっ……だ、大丈夫なんじゃけど……く、くるみちゃんはそれで良えん?」
緊張のあまりハンドルを握る手も、言葉を発する唇も、変に震えてしまった実篤である。
そんな実篤に、くるみは瞳をキラキラさせて「それがええんです。凄く楽しみですっ」と微笑んだ。
***
米海兵隊岩国航空基地には、業者門と呼ばれるCゲートの他に、正門、門前ゲート、北門、西門の四つの門がある。
ウェストゲートは現在閉鎖中なので、実質的に業者以外の人間が出入りが出来るのは、残り三つのゲートのみとなっている。
これとは別に、愛宕山開発で完成した米軍住宅『Atago Hills』へのゲートがあるのだが、基地としてはいわゆる飛び地なので『Atago Hills』に用がない人間には無縁の門だ。
ハロウィンは愛宕ヒルズとは別の場所にある、基地内の住宅地がメイン会場になっているらしい。
聞けば、そこに住まうアメリカ人たちが、各々の家を思い思いに飾り付け、お菓子などを用意してもてなしてくれるんだとか。
家の前で家人が待ち構えていて、子供たちの「トリックオアトリート!」の声に笑いながらお菓子を差し出してくれて、「ハッピーハロウィン!」と声をかけて手を振ってくれる家もあれば、たんまりお菓子が入れられた大きな容器が家の前に置かれていて、「ご自由にどうぞ」と札が付けられただけの家もあるらしい。
家の飾り付けにしてもひどく凝っていて光や音の演出が凄い家もあるから、大人が見ても楽しいらしいです、とくるみが瞳を輝かせた。
メインゲートで件の基地勤めの日本人従業員――堀さん――と落ち合った実篤とくるみは、そこで彼にエスコートをしてもらって基地に入った。
基地内のハロウィンイベントに参加する人間は事前登録が必要だったらしいのだが、くるみが実篤の名前もちゃっかり伝えていたらしく、滞りなくベースに入る許可が下りた。
エスコートを受ける際、身分証明証として免許証の提示が必要だったけれど、昔と違って車のエスコートは必要なくなったとかで、その分書類は少なめで済んだ。
「昔はねぇ、我々基地従業員も自分の車にパスステッカーを発行してもらって車体に貼らんといけんかったんですよ。車検のたびに更新せんといけんし、正直かなり面倒臭かったんじゃけど」
それがなくなってからは、例えば車が車検などで代車になった時なんかも、何の手続きもなく基地内に乗り入れられるから楽になったのだと堀さんが教えてくれた。
「登録してない車両は車もエスコートせんといけんかったけぇね、ホンマ書く書類が多くてまいりました」
今自分達がエスコートしてもらうのにも、憲兵隊が用意している書類に住所・氏名・年齢・連絡先電話番号を書かされた。
これに車の書類(車両番号や車検の満了日など)もあったのだと思うと確かに面倒そうだなと思った実篤だ。
手続き後にもらったビジターパスには、「Visitor」という文字とは別に、数字が入っていて、その数字が先ほど書かされた書類にも明記されていて連動していた。
「ベースん中におる間はパス、よく見えるところに付けちょってくださいね」
そうPMOの日本人従業員に言われた実篤とくるみは、上着の胸のところにそのパスを〝半ば無理矢理〟取り付けた。
というのも――。
***
「何でこれ、クリップしか付いちょらんのんじゃろ?」
車に乗り込んで、堀さんの車の後を付いて行きながら、実篤がそうつぶやいたら、くるみも同じことを思っていたようで、
「ホンマ、ホンマ。胸ポケットのある服ばかりじゃないのに、本気で付けさせる気、あるんですかねぇ」
と苦笑する。
ビジターパス、安全ピンでも付いていればどんな服であろうと学生時代の名札よろしく取り付けやすいのに、なぜか小さなクリップしか付いていないのだ。
服の布地をギュッとつまんで噛ませてぶら下げてはみたものの、非効率的だなと思ったふたりだ。
「変なの!」
ふたり声がそろってしまって、顔を見合わせてクスクス笑って。
実篤は、くるみと一緒にいると、こういう他愛もないことがとても幸せな時間に思えて楽しい。
ひとつのことに、くるみとふたり共感出来るのが凄く凄く嬉しかった。
「実篤さんとうち、結構価値観似ちょるけん、ホンマ一緒におって心地ええです」
くるみもそう思ってくれていると知ることが出来た実篤は、「俺も……」と照れ隠しにごくごく短く答えながら、その実、ひとり胸の中で「よっしゃー!」とガッツポーズをした。
***
基地の中ではくるみと実篤は年子の男の子ばかりの小学生組三人の後をついて歩くのが主な仕事だった。
堀夫妻は園児の娘さんと、双子の男の子ふたりを見ていて。
小さい子らを任されたら確かにどうしていいか分からなかったかも知れん。大きい子組の方でよかった!と思った実篤だったけれど。
じゃあ大きい子たちが安泰だったかというとそうでもなかった。
「あー! ちょっと待って! ちょっと待って! 勝手に走って行かんちょいて〜!」
「あああ! 何で三つに分かれるん! みんな一緒にっ!」
小学生組をお願いします、と堀夫妻に言われたとき、年の離れた弟や妹がそのくらいの頃、子犬のようにクルクル動き回る彼らを追いかけ回していたのを思い出して「いけるじゃろ」と思った実篤だったのだが――。
(あの頃は俺も若かったんじゃったぁぁぁ!)
と心の中で嘆きの悲鳴を上げる羽目になった。
ぜぇぜぇ言いながら子供たちに翻弄されまくり、振り回されまくりの実篤を、くるみが嬉しそうにコロコロ笑いながら追いかけて。
(くるみちゃんも若いわぁっ!)
自分と同じように走り回っているはずなのに涼しい顔をしているくるみを見て、改めて年の差を実感させられた実篤だった。