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含まれる要素
軽微なエロ(匂わせ)
爪を整える2人の話
「いて、」
ソファに腰かける恋人から声が上がる。キッチンでの作業を1度辞め、深影に近寄る。
「大丈夫ですか」
「あ、うん。大丈夫だよ」
自身の爪をじっと見て、その手をそのままヒラヒラと振る。
「ちょっと見せてください」
「引っ掛けちゃっただけだよ」
ハルはそのまま柔らかく、割れ物を扱うかのように深影の手を取る。いつもならば、白い肌に綺麗に塗られた黒い爪があるはずだが、休みの日故に、取り繕うことの無い、薄いピンクを携えた爪がそこにはあった、のだが。
「ささくれになっちゃってますね。」
「あー、そうだね」
そっと目を逸らす。ハルは長いこと深影と一緒にいることで、その意味がよく分かった。
「手入れ手伝ってもいいですか」
「え、いや、自分でやるよ。申し訳ないし。」
「僕がやりたいんです。ダメですか。」
深影はハルのこの顔に滅法弱かった。情けない話だが、恐らくバレているのだろう。
「うーん。良いけどさあ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
引き出しから鑢を持ってきて、横に座る。もう一度手を取って、爪先をそっと撫でる。
「割れたり傷になったりしてなくて良かったです」
「うん ありがと」
程よく伸ばされた爪に鑢を当てて、ゆっくりと削る。毛羽立った爪が段々と丸くなって、いつも通りに戻っていく。
「爪のお手入れ上手だね」
「深影さんがやってるのよく見てたので、あと、」
そこまで言って、ハルは口を噤んだ。深影はハルの幼い頃の話を聞いていたし、そこから黙り込んだ理由も察しが着いた。
「ハールっ」
深影は取られた手をそのまま握り返して、そのまま口付けた。
「・・・もしかして変な顔してましたか」
「ううん、してないよ。ただ、俺がハルを放っておけないなって思っただけ。」
そう言って笑う恋人を、堪らなく愛おしく思った。周りをよく見ていて、かっこよくて、スマートで、自分にだけ優しい、そんな恋人。
ハルはそのまま深影の手にキスをする。
「好きです、深影さん」
「俺もハルのこと大好きだよ」
深影はそのままハルに整えてもらった爪を見る。丁寧に、優しく磨かれた爪。その仕事ぶりから、目の前の男が自分をどう思っているのかが伝わってきて、堪らなく嬉しくなった。
「この爪、自慢しちゃおっかな」
「自慢するようなものですか?」
「俺にとってはそうなんだよ。ね、良ければ俺もハルの爪整えたいな、」
「え、あ、どうぞ・・・?」
おずおずと手を出す。深影とは違う、程よく日に焼けた、ゴツゴツとした男らしい手。いつもこの手に暴かれているのだと思うと、顔に熱が集まったが、見ないフリをした。
「ハルの手綺麗だね」
「いや、そんなことは・・・」
ハルはいつもそうだった。賞賛の言葉をかけられても、ちゃんと受け取るのが下手くそで、いつも不思議そうにしている。これでもかなりマシにはなったのだが。代わりとでも言うかのように、日に日にハルから深影へのラブコールは熱烈になっていくものだから、余裕なフリも長くは持たないだろうな、と頭の片隅に置いている。
「少なくとも、俺はハルの全てが好きだからね」
「ありがとう、ございます。俺も深影さん大好きです、俺の全てを差し出したいくらいには。」
「知ってるよ」
深影はクスクスと笑った後、鑢を置いて恋人を抱きしめた。
「俺だってハルに全部あげたいよ。感情も命も、身体も。それこそ爪のひとつだってハル以外にあげたくないんだから。」
「じゃあ、全部貰います。」
そのまま、ゆっくりと深影を押し倒す。
「全部ハルのものにしていいよ。」
「ありがとうございます。本当に、嬉しいです。」
どちらともなくキスをして、長い夜がやってくる。絡められた爪先が似たような形をしていたことは、お互いだけが知っていた。