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急ぐために乗った高速で事故が発生していたのだ。
レセプションのスタート前に美冬を迎えに行く予定だったのに、行けなくなってしまったのである。
レセプションパーティの会場にはとても素敵なガーデンが併設していることを槙野は知っている。
早めに行って、そのガーデンで改めて気持ちを伝えて、指輪を付け替えてもらおうと思っていたのに。
美冬は会社で準備を済ませて、タクシーで会場に向かっているとメールが入る。
『本当にごめん!』
槙野は即座に返信を送った。
美冬からも即返信が来る。
『交通事情だもの仕方ないよ。会場には片倉さんも奥様もいるし、待ってるね。大丈夫だから、気をつけて来て』
大丈夫とかではない。一刻も早く会いたくて、伝えたいことがあるのに。
じりじりともどかしい気持ちを抱える槙野だ。断るのが困難なアポが入っていて、そこに行ってからレセプションパーティに向かっても十分間に合うはずだった。
なのに、話好きの社長に捕まってしまった。
お世話になっている人なだけに無下にもできない。
それでも間に合う時間には先方の会社を出たはずだったのに、まさか事故とは。
やむないことだし、誰かを責めることもできない。
「副社長、渋滞抜けそうです」
「慌てず可能な限り急いでくれ」
運転している秘書はくすりと笑う。
「承知致しました」
* * *
パールホワイトのワンピースとジャケットがとても似合っていた。
美冬が見ているのは片倉浅緋だ。
浅緋は片倉に寄り添って、一緒にご挨拶をして回っている。その慣れた様子にも見蕩れそうだ。
ほとんどは片倉が対応するのだが、時折浅緋もお客様に話しかけられている。
そんな時も品よく笑顔を向けて、話しているのが見えた。
捕まりすぎじゃない? と思うと片倉が自然にそっと肩を抱いて抱き寄せて、浅緋を庇うようにしている。
本当にお似合いのとても仲の良い夫婦なのだ。
「本当に仲がいいよね? あれで一時期は政略結婚なんて言われてたなんて思えない」
ねっ? と美冬に首を傾げてくるのは、タキシードジャケットを着こなした、なかなかに顔立ちの整った男性だ。
「政略結婚?」
「そう。そんな風に言われてたよ」
美冬に話しかけてきた男性はにこにこしている。
悪い人ではなさそうだが、見知らぬ人である。
「え……っと、すみません、どちら様でしょう。ご挨拶していたらごめんなさい」
「いえ。初めましてです。でもうちの商品は取り扱って頂いていると思う。株式会社ソイエの代表をしています。国東と申します」
そう言って彼は美冬に名刺を渡す。
株式会社ソイエは繊維の専門商社で、確かにミルヴェイユも取引があった。
美冬もバッグから名刺を出して渡した。
「お世話になっております」
「美冬さん! 僕、実はお祖父さんに良くして頂いているんです」
「祖父のお知り合いでしたか」
「はい。美冬さんがミルヴェイユを継がれる際に紹介してほしいとお願いしていたんですが、行いが悪かったのか、会わせるか! と笑われてしまった」
祖父らしい。
美冬はくすりと笑う。
「こんなに可愛い方だったのなら、紹介して欲しかったのに。ご婚約されたとニュースリリース見ました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そう言って美冬は目の前の国東に頭を下げた。
「お相手がグローバル・キャピタル・パートナーズの槙野さんではとても敵わないからな。片倉社長はまた別格ですけど、僕らみたいな若手の経営者でアクティブな人は実は限られていて、非常に狭い世界なんです。その中でも槙野さんはおモテになるし、有名ですからね」
「そうなんですね」
そんな気はしたけど。
一見迫力のある見た目だけれど、顔立ちも整っていなくはないのだし、押しの強い感じが好み、という人にはたまらないだろう。
「噂をすれば、だな」
槙野が足早に会場に入ってくるのが見えたのだ。
美冬を見つけて、槙野が大股で近づいてくる。
「国東さん」
その声は槙野の声だ。
美冬はあれ? と思う。
その声を聞いて、すごくすごく安心してしまったのだ。
(私、心細かったんだな)
「ご挨拶していただけですよ。お一人でいらっしゃったし、ほら、今までは椿さんが表に出そうとなさらなかったから。ご婚約、おめでとうございます。そんな怖い顔しないでくださいよ」
「してない。悪かったな……美冬、遅くなってしまっ……」
「槙野様っ!」
言葉が途中で止まったのは槙野の視界に大福……もとい、木崎綾奈が入ってきたからだ。周りを蹴散らしつつものすごい勢いで近寄ってくる。
「どういうことですのっ。婚約……婚約って」
「え?」
美冬が槙野の方を見た。国東も面白そうな顔で槙野の方を見ている。
──ま、待て違うっ! 濡れ衣だ!!