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今日も広がる青空を見上げながらの登校。本日は晴天なり。
やっぱり僕は晴れの日が好きだ。天が晴れることで、僕の心も晴れるような。そんな感覚になれる。それに太陽の光は、皆んなに平等に光を与えてくれる。
でも、今は僕にとっての太陽はもうひとつある。それが何なのかは言うまでもない。心野さん。彼女は僕にとっての太陽なんだ。
なんてことを考えながら、僕は学校に到着。錆びついた校門の門扉を抜け、教室へと向かう。今日も平和な一日になることを願いながら。
* * *
「おはよう、心野さん」
「あ。おはようございます、但木くん」
僕の隣の席の心野さんと交わす、朝の挨拶。これが日課になってくれたことに、心から感謝をする。これが朝のひとつの楽しみなんだ。
「心野さん、昨日は大丈夫だった? 保健室で安静にしてたから体調は戻ったみたいだけど。それでも心配でね」
「はい、お陰様で大丈夫でした。一睡もしてませんが元気ですよ」
「えーと、心野さん? 一睡もしてないのは大問題だと思うんだけど? またあれでしょ? 妄想が捗っちゃって眠れなかったってやつ」
「そうですね、捗っちゃいました。でも、いつものことなんで。寝不足になるのはもう慣れちゃってますし」
うーん。平然と言ってのけてるけど、その慣れは良くないことのような……。
「でもそっか。またムッツリスケベな妄想が捗っちゃったんだ」
「……ち、ちち、違います! 私は決してそんな妄想は……。と言いますか、但木くんって完全に私のことをムッツリスケベ認定してるんですね。意地悪」
「意地悪で結構だよ。絶対に当たってる自信あるしね」
「むぅーー」
頬を膨らませて不服そうにしている心野さんが段々ハムスターに見えてきたよ。餌を口いっぱいにエサを詰め込んだハムスター。ホッペタをつついたら色んなものが出てきそう。
「よう但木。また遅刻ギリギリかよ。もっと早起きしろよ。あと心野さんも。夜更かしは程々にした方がいいぜ?」
「うるさいなあ、僕は朝が弱いんだよ。知ってるくせに」
さて、毎朝の恒例となってきた友野の登場。でも聞こえてたんだ、僕と心野さんが話していた内容。気になってチラリと心野さんを見やると、思った通り縮こまってしまっている。やっぱり今は僕以外の人間とはまだ喋れないか。
簡単にはいかないと思っていた。 心野さんが他のクラスメイトに心を開くのは。だって、高校に入学して一ヶ月以上が経つけれど、心野さんは誰とも喋ることはしなかったわけだし。できなかったわけだし。
それに、幼馴染である音有さんとも喋ることもしなくなってしまったくらいだ。でも、僕とは喋れるようになっただけ、まだマシなのかもしれない。
だけど、今日はいつもの心野さんとは違った。確かにまだ縮こまったままではあるけど、一度深呼吸をして、そして言葉にした。
心野さんの中で、何かが大きく変わろうとしている。
「お、おお、おはようございます、と、友野くん」
率直に言おう、ビックリした。心野さんが、友野に朝の挨拶をしたことに。緊張からなのか声は震えていて、たどたどしくもあった。だけど勇気を絞り出して、未来を切り開こうとして、自分を変えていこうとして、頑張って言葉にしたんだ。
そして、思い出す。以前、心野さんは僕にこう言ってくれた。
『私、頑張るね。友野くんともちゃんと話せるように』、と。
「おはよう、心野さん。いやー、しかし心野さんから挨拶してもらえるだなんて、嬉しいな。絶対に今日はいいことがあるに違いない」
友野はその場にしゃがみこみ、僕にチラリと視線を向けた。笑顔を添えて。その視線はとても優しく、温かく、そして、とても幸せそうだった。
「ご、ごめんなさい。きゅ、急に話しかけちゃったりして……」
「何言ってるんだよ、心野さん。謝ることなんて何ひとつもないんだぜ? 特に俺みたいな奴には気を遣う必要なんてないんだ。いつも適当だしな、俺」
「い、いえ。だけど私、緊張して、へ、変な喋り方になっちゃいましたし。そ、そ、それに、こんなミジンコ以下の私が人気者の友野くんに話しかけて、ご迷惑をおかけしちゃったんじゃないかなって……」
段々と俯き加減になっていく心野さんを見て、友野は一度腰を上げて心野さんの近くに座り込む。笑顔のまま。優しい目をしたまま。
「ははは、人気者ねえ。ありがとう、お世辞でも嬉しいよ。でもさ、いいんだよ。そんなこと気にしないで。どんなに緊張しても、変な喋り方になっても、別にいいじゃん。無理をする必要なんかないぜ? 自然体で、そのままの心野さんで、俺はいいと思っているよ。自分を偽って生きている奴なんかより、ずっといい。それに――」
友野はこちらに視線を移した。
「今、心野さんは一人じゃないしな。但木がいるんだ。何かあったらコイツに甘えろ。頼りなく見えるかもしれないけど、但木は結構頑張り屋なんだ。俺が保証する。それに、但木は但木で少しずつ変わってきてるみたいだしな」
僕が、変わってきている?
あ、そうか、なるほど。音有さんから何か話を聞いたんだろう。そして僕は一番前の席にいる音有さんを見た。彼女もまた、いつもの笑顔でこちらを見ている。それはそれは、嬉しそうにして。
「あ、ありがとうございます、友野くん」
「ありがとうって言うのは俺の方だ。声をかけてもらえて嬉しかったよ。それに、心野さんがムッツリスケベという貴重な情報を知ることもできたしな。収穫収穫っと」
心野さんはギクリとしたようで、咄嗟に僕を見た。え? これって助け舟が欲しいというサイン? それとも怒ってる?
「まあ、改めてこれからもよろしくな。せっかく同じクラスになったわけだし。それじゃ、俺は戻るよ。あとは但木に任せた。邪魔者はさっさと退散しなきゃな」
そして友野は自分の席へと戻っていく。少しの沈黙の後、心野さんはまたハムスター的に頬を膨らませて僕を見やった。
「友野くんに誤解されちゃったじゃないですか。但木くんのせいで」
「ご、ごめんね。まさか友野に聞こえてるとは思ってなくて」
あー、やっぱりちょっと怒ってる。まあそりゃそうか。自分がムッツリスケベであることなんか男子に知られたくなかったよね。いや、一応僕も男子なんだけど。
「でも、友野くんってすごく優しい。但木くんのお友達ですもんね、当たり前なのかな。羨ましいです、なんか」
「まあ、優しいよ。最近は余計にそう思うようになったかな。でもほんと、友野の言う通りだと思う。心野さんはそのままでいいんだよ」
「そのままで、ですか……」
そう言って、心野さんさんは天井を見上げる。何を考えているんだろう。思っているんだろう。
だけど、きっと悪いことではないと確信している。だって心野さんは頑張ってるんだ。しっかりと、前に進もうとしているんだ。未来を見ているんだ。
そして、これまでの自分から変わろうとしているんだ。
「但木くん、私って本当にそのままでいいんですかね? 自然体でいいんですかね? ありのままの自分を受け入れるべきなんですかね?」
「うん、そう思うよ。僕も友野と同じ様に考えてる」
「――そっか」
心野さん。キミはもう一人じゃないんだ。僕がいる。友野もいる。それに元々、心野さんはこれまでも一人じゃなかったんだよ? ずっと心配してくれていた人はいたんだ。それこそ、ずっと昔から。
心野さんは、一人じゃないんだ。
でも、今はあえて言わないようにするよ。きっと、直に分かる。いや、分かると言うよりも、思い出せると言えばいいのかな。それまでは僕が埋めていってあげるから。ポッカリと空いた『ココちゃん』の心を。
それでいいよね、オトちゃん。
『第二章 章末』