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【第三章】
今日は待ちに待った土曜日。つまり学校はお休み。
いつも僕は家に引きこもってスマートフォンばかりいじって憂さ晴らしをする、そんな悲しい休日を送っていた。
改めて思うけど、我ながらなんて虚しい過ごし方なのだろう。侘びしくて侘びしくて、虚無の極致と言っても過言ではない。あ、自分で言っていてどんどん悲しくなってきた。
友野を誘って遊びにでも行けばいいんじゃないかって? それができればそうしているよ。でもアイツ、基本的に土日はバスケ部の練習があるんだ。だから、それは無理な話であり、無茶な話であるのだ。
しかし、だ。そんな僕だけど、今日は違う。心野さんと一緒に遊びに――いや、彼女的に言うならばデートか。その約束があるのである。
そんなわけで昨夜、妹の姫子に相談を持ちかけた。但木姫子。アイツには中学生のくせに彼氏がいる。兄を差し置いて恋愛だって? どうせ彼氏とただれた時間を過ごしているんだろ? このマサガキが!
だが、まあ致し方ない。今回は勘弁してやるとしようじゃないか。広い心で許してやる。どうしてかって? 相談したいことがあるからだ。仕方がないんだ。寛容に受け入れるしかないんだ。女性恐怖症の僕にとって、相談できる相手は限られているから。
で、こんな感じのやり取りをしたわけだ。
* * *
「なあ、姫子。ちょっと相談があるんだけど聞いてもらえないかな?」
ちょうどリビングのソファーでだらしない格好をしてジュースを飲んでいた姫子に、僕はそう切り出した。しかし……だらしなさすぎだろ。股を開き過ぎだ。今の姿を彼氏が見たらたぶん幻滅されるぞ?
「どうしたのお兄ちゃん? 私に相談とか珍しいじゃん」
「うん、まあ色々あってね。で、ちょっと教えてもらいたんだ」
「教えてもらいたい? 何を?」
「あのさ、同じクラスの女の子とデートすることになって。で、訊きたいんだけどデートって一体何をすればいいのかな?」
それを聞いて、姫子は口に含んだジュースを勢いよく吹き出し、顔色を一気に青ざめさせた。そして猛ダッシュで母さんのところへ。
「お母さん! 救急車! 救急車呼んで! お兄ちゃんがおかしなこと言ってる! クラスの女子とデートをすることになったとか! 前々から変だったけど、ついに頭が完全におかしくなっちゃった見たい!」
おい、妹よ。兄をなんだと思っているんだ! 失礼にも程があるってもんだろうが! 訊かない。二度と訊かない! もう絶対にお前になんか訊いたりしない! 相談なんかしてたまるか!
* * *
まあ、そんな感じで大失敗を起こしてしまったわけだ。兄としてのプライドはもうズタズタだよ!
どうして今更ながらデートのいろはを知りたかったのかというと、心野さんにお願いされたのだ。
『あの、今度の土曜日のデートなんですけど、この前は私が色々調べて決めたじゃないですか? でも今回は何をするか但木くんに決めてほしくて』
どうやら僕がプランを練って、そしてエスコートをされたいらしい。
エスコート、か。女子ってやっぱりそういうことを望むんだなあ。少なくとも心野さんにとって、それが『ひとつの夢』でもあったらしいし。
だったら叶えてあげようじゃないか。夢を実現させてあげようじゃないか。女性恐怖症の僕にデートの経験なんてないけれど、それでも実現させてやる。
心野さんが失い、取り戻したい学園生活。
何事にも代え難い青色の時間。
それを、僕が埋めてやる。
* * *
心野さんが指定してきた待ち合わせ場所は、僕の最寄り駅からふたつ目の駅前。そこにある大きな時計台の前だった。
約束の時間は午後十二時。ちょっと遅めであるので理由を訊いたところ、返ってきた答えは『たぶん寝るのが遅くなると思うから』というものだった。
これって絶対に、妄想が捗ったりして夜更かしをするという意味なんだろう。に、してもだ。心野さんは毎晩毎晩、一体どんなことを妄想しているんだろう。
「またどうせ、ムッツリスケベ的な妄想してるんだろうなあ」
「だから、私はムッツリスケベなんかじゃないです!」
「え!? こ、心野さん!?」
ビックリした。え? いつの間に僕の隣に? 全く気が付かなかった。何さ、この気配を消すみたいな特殊能力は。
でも僕はそれ以上にビックリ――否、見惚れてしまった。
初めて見る、心野さんの私服姿に。
「どうしたんですか但木くん? ボーッとしちゃって」
「いや、その。ボーッとしていたというか、なんというか。ほら、心野さんの私服姿って初めて見るからさ。ちょっと見惚れちゃって」
春らしいパステルカラーの春用ニット、塗り潰されていないキャンバスのようなオフホワイトのひらひらスカート。そして柔らかな印象を受けるベレー帽。え、心野さんって実はオシャピーだったの?
「見惚れちゃってなんて、そんな……て、照れちゃうからあまり言わないでくださいよ。でも、すっごく嬉しいです」
心野さんは照れ照れモジモジ。耳を赤くして、少しだけ見える顔も朱に染まっている。
でも、本当にそう思ったんだ。学校での心野さんを知っている僕からしてみると、あまりに意外な私服姿で。そりゃ見惚れるよ。
「但木くんとのデートですから、頑張って買ってきました。に、似合ってます?」
「うん、すごく似合ってる。正直言って、可愛いと思っちゃった」
「か、可愛いだなんて、そんな」
言ってから気が付いた。思ったことをそのまま口にしてしまったけれど、考えてみたらこのセリフ、まるで心野さんを口説いているみたいじゃないか。
だけど心野さん、本当に嬉しそうにしてくれている。うん、だから口説いていると思われてもまあ良いや。
「ねえ、心野さん。頑張って買ってきたと言ってたけど、それって今日のためにってこと? 普段の私服はちょっと違うの?」
「はい、もちろん違いますよ。これはあくまで今日のデート用に購入しただけです。普段は中学生の頃の体育の授業で着古したジャージですから」
「え!? じゃ、ジャージ!? しかも中学時代の!?」
「そんなに驚きます? あ、色はピンクですから大丈夫です」
「大丈夫って……。いや、そういう色の問題じゃなくてさ」
だけど、なんだろう。よれよれであろうピンク色のジャージに身を包んだ心野さんの姿が容易に想像できてしまうのは。
「但木くん、改めて。今日は私のエスコート、よろしくお願いします」
心野さんは深くお辞儀。いやいや、そんなに改まらなくても。
「まあ、任せておいて。と、言いたいところだけど、僕もデートなんて経験が全くなくて。上手くできるかどうか」
「大丈夫です。但木くんが考えてくれたプランですから。私はどこでも嬉しいですよ。でも、この前のファミリーレストランはデートとしてカウントされてないんですね。ちょっと寂しいんですけど」
「ご、ごめん心野さん。あれはなんというか、デートというか」
「冗談ですよ、全く気にしてませんから。あの時は但木くんが私に気を遣ってくれて、そういうことにしてくれていたんですよね。分かってます。だから余計に、但木くんって本当に優しい人なんだなって、そう思えるようになったんです」
心野さんの口元が緩む。前髪ではっきりとは見えないけれど、分かる。心野さんは今、笑顔であることが。
一度でいい。一度でいいから、心野さんの前髪で隠れてしまっている笑顔の全てを見てみたい。そう、心の底から僕は思った。
* * *
「ここが、カラオケ屋さんですか」
「うん、そうだよ。この前保健室で言ってたから。学生らしく遊んでみたいって。その中にカラオケのことも言ってたからさ」
そう。僕の考えたプランはあくまで学生らしい遊び方だ。背伸びする必要はない。場所や料金に関しては前もって調べておいた。学生って基本的にお金がないからね。
* * *
「私が想像していたカラオケ屋さんとだいぶ違うんですね。こういう感じなんだ」
カラオケ屋さんに到着したところで、僕が受付を済ませている間、心野さんは興味深げにキョロキョロと辺りを観察。本当に初めてなんだ、カラオケ屋さんに来たのが。
「心野さんはどういう感じを想像してたの?」
「えーと、皆んなでカウンター前に腰掛けて、談笑しながらお酒飲んだりして。それでたまにマイク持って歌う、みたいな」
心野さん。たぶんそれ、スナック。いや、僕も行ったことないけれど。そもそも僕達はお酒飲めないじゃん。
「心野さん、お待たせ。受付済ませてきたから行こうか」
「は、はいっ!」
受付で発行してもらった部屋番号が記載された伝票。『326』と書いてあるので、どうやら三階にあるらしい。そしてエレベーターを使い、僕達は三階に到着した。
「うん、この部屋みたいだね」
色んな人達の歌声が漏れ響く中、僕達は『326』の部屋を見つけた。しかしこのお店、本当に壁が薄いな。歌声が外の通路まで丸聞こえじゃん。まあ仕方がないか。料金も安いし。
早速部屋に入ろうと、ドアのレバーハンドルに手をかけた。が、しかし。心野さんが耳を真っ赤にして、そのまま動かなくなってしまった。いや、動かないというよりカチコチに体が固まってしまっている。そう言った方が正しいのかもしれない。
「え!? た、但木くん! こ、ここ、この部屋ですか!?」
「うん、そうだけど? どうかした?」
「み、密室じゃないですか!!」
言うが早いか、心野さんは前と同じく鼻を押さえて何度も深呼吸。うん、なんとなーく分かった。心野さんが今考えていることが。
「……ねえ、心野さん? もしかしてだけど今、妙な妄想したりしてない?」
「し、してなんか、いい、いません!!」
いや、この反応を見るに絶対にしてるでしょ。R18的な妄想を。
「えーと、ムッツリスケベな心野さんのために念のため教えておくね。基本的にカラオケ店ってさ、各個室に防犯カメラがあるから変なことできないからね?」
「ぼ、防犯カメラですか!?」
何故、そこまで驚くかな……。
「まあ、カラオケとしてではなく別の使い方しちゃう人がいるからね。そのために防犯カメラを仕込んであるんだってさ」
「そうなんですか。あの、それで別の使い方って?」
「うん、心野さんは知らない方がいいと思うよ? 絶対に妄想が捗っちゃうから」
「わ、分かりました……。でも、それなら後で店員さんにお願いしに行かなきゃ」
「店員さんに、お願い?」
「はい、今日の思い出に防犯カメラの映像を頂きに行こうかなって」
「いないから! 防犯カメラの映像を思い出にもらいに行く人なんていないから! 聞いたこともないよ!」
まだ部屋にも入ってない。歌ってもいない。
なのに、もうすでにドッと疲れたんですけど……。