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(3時間目までの出来事)
朝からお腹の調子が悪かった。いつものことだけど、今日は特にひどい。お腹がキリキリと痛んで、波のように押し寄せる吐き気がたまらない。学校に行くのもつらかったけど、休むとまたみんなに何か言われるのが嫌で、無理して登校した。
1時間目、2時間目と時間が過ぎるのがやけに長く感じた。授業中もずっとお腹の痛みに耐えていた。冷や汗が止まらない。3時間目の国語の授業中、ついに限界がきた。
「…っ、う…」
こみ上げてくる吐き気に、口元を必死で押さえた。でも、間に合わない。
「ゔぇ…っ!」
ゴボッという音とともに、口から胃の中のものが飛び出した。一度吐き始めると止まらない。何度も、何度も、胃をひっくり返すように吐いた。床に広がる嘔吐物を見て、クラスメイトからひそひそ声が聞こえる。
「うわ、汚ねぇ…」
「キモ…」
心臓を直接握られているみたいに、ぎゅっと締め付けられる。吐き気と腹痛で体は限界なのに、耳に入ってくる言葉がさらに僕を追い詰める。先生は僕の方を見て、眉をひそめた。
「おい、何やってるんだ!」
怒鳴り声が頭に響く。何もしていないのに、どうしてこんなに怒られるんだろう。お腹は痛いし、気持ち悪いし、みんなには嫌な目で見られるし、先生には怒られるし…。視界が滲んで、涙が溢れそうになった、その時だった。
「お前ら、りんを汚いとかキモいとか言うな! りんは病気で苦しんでるんだぞ!」
声のする方を見ると、学校で一番のイケメンとして有名な幼馴染の蓮が、すごい形相でみんなを睨んでいた。蓮は僕の病気のことを知っている数少ない一人だ。
「先生も! りんがこんなにつらそうなのに、なんでそんなこと言えるんですか!」
蓮は先生にも食ってかかった。まさか蓮がここまで怒ってくれるなんて思わなかったから、僕はただ呆然と蓮を見ていた。蓮は僕のそばに駆け寄ると、僕の背中をさすってくれた。
「大丈夫か、りん。保健室に行こう」
蓮に肩を貸してもらい、立ち上がった途端、また強烈な吐き気が襲ってきた。
「げぇ…っ…!」
廊下にも吐いてしまった。胃が締め付けられるように痛い。蓮は何も言わずに僕の背中をさすり続けてくれた。
「ごめん…っ、ごめん、蓮…」
「謝るな。大丈夫だから」
蓮は僕の体を支えながら、保健室まで連れて行ってくれた。
保健室のドアを開けると、保健室の先生が冷たい目で僕たちを見た。
「何、こんな時間に。しかも廊下にまで吐いたの? まったく、迷惑な子だね」
蓮は先生の言葉にカッとなったようだったが、僕を気遣って何も言わなかった。
「ちょっと、お腹見せてごらん」
先生は僕の言葉も聞かずに、いきなりお腹を強く押さえつけた。
「い…っ、やめ…!」
お腹を強く圧迫されて、激痛が走る。その刺激で、また吐き気がこみ上げてきた。
「ゔぇえええええ…っ!」
僕は保健室の床に、また吐いてしまった。先生は眉間にしわを寄せ、さらにきつい言葉を浴びせてくる。
「本当に汚いね。これじゃあ、みんなに嫌われても仕方ないんじゃない?」
もう何もかも嫌になった。こんなに痛くて苦しいのに、誰にも理解してもらえない。誰も助けてくれない。涙が止まらなくなった、その時だった。
「いい加減にしてください! りんは病気で苦しんでるんです! これ以上、りんを傷つけるようなこと言わないでください!」
蓮が、僕と先生の間に割って入って、僕をかばってくれた。蓮の優しい手が僕の背中をさすってくれる。その温かさに、僕は少しだけ安心した。
(放課後、蓮の家で)
放課後、蓮が僕の荷物を持ってくれて、一緒に蓮の家に向かった。本当は自分の家に帰りたかったけれど、この体調で一人でいるのは心細かったし、蓮が「俺の家に来いよ」って強く言ってくれたから、甘えることにした。
蓮の家に着いても、僕の体調はすぐれなかった。お腹はまだシクシク痛むし、時々こみ上げてくる吐き気に、何度もトイレに駆け込んだ。蓮は何も言わずに、僕が吐くたびに背中をさすってくれたり、新しいタオルを持ってきてくれたりした。その優しさが、僕の弱った心にじんわりと染み渡る。
「大丈夫か? 無理しなくていいからな」
蓮の声はいつもよりずっと優しくて、僕はその声を聞いていると、少しだけ安心できた。蓮は夕食も食べやすいものを用意してくれたけど、ほとんど喉を通らなかった。夜中も何度か目を覚まし、そのたびに蓮が僕の異変に気づいて声をかけてくれた。一人じゃないってことが、こんなにも心強いなんて知らなかった。
次の日、そして…
翌朝、目が覚めると、昨日のようなひどい吐き気は少しおさまっていた。お腹の痛みも、まだ残ってはいるけれど、昨日よりはましだ。ゆっくりと体を起こすと、隣で蓮がまだ寝ていた。蓮は僕の看病で、きっとあまり眠れていないだろう。
僕が体を起こしたのに気づいたのか、蓮がゆっくりと目を開けた。
「りん、体調どうだ? 少しは良くなったか?」
心配そうに僕の顔を覗き込む蓮の瞳は、いつも通りの澄んだ色をしている。
「うん…昨日よりは、だいぶいい」
そう答えると、蓮はホッとしたように息をついた。そして、僕の額にそっと手を伸ばし、熱がないか確かめるように触れてきた。その指先が、僕の頬を滑り、顎に触れる。蓮の顔が、ゆっくりと僕に近づいてくる。僕は何も言えず、ただ蓮を見つめ返した。
蓮の顔が、さらに近づく。そして、蓮の唇が、僕の唇にそっと触れた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。でも、蓮の温かい唇が僕の唇に触れている感触だけは、はっきりと伝わってくる。僕は驚いたけど、嫌だとは思わなかった。むしろ、蓮の唇が離れていくのが、少し寂しいと感じた。
蓮がゆっくりと顔を離すと、僕の目を見て、少し照れたように微笑んだ。
「…りん、好きだ」
その言葉は、僕の胸にすとんと落ちてきた。蓮のまっすぐな瞳と、その言葉に、僕は何も言えなかった。ただ、僕の心臓が、ドクドクと大きく音を立てているのだけは分かった。
そして、蓮はもう一度、僕にキスをした。今度はさっきよりも深く、長く。僕もそっと目を閉じて、そのキスを受け入れた。蓮の腕が僕の腰に回り、さらに僕を抱き寄せる。僕の体はまだ完全に回復したわけじゃないけれど、蓮の温かさに包まれていると、不思議と体の痛みも和らいでいくようだった。
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