テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
改札を抜けると、もう岬くんがいた。
駅構内のざわめきが嘘のように、彼だけが静かな空間を纏っているように見えた。
柱に背中を預けてスマホを弄っている姿は、まるで雑誌のワンシーンのようだ。
ウォッシュのかかったチャコールグレーの
オーバーサイズデニムシャツに、白いTシャツ
そしてライトグレーのスウェットパンツという彼らしいリラックスした装いだったが
そのカジュアルさの中にも洗練された雰囲気が漂っていた。
僕は、逸る気持ちを抑えきれず
岬くんの元まで駆け足で向かう。
心臓がトクトクと高鳴るのが聞こえる。
「みさきくん…!」
僕の声に、岬くんはゆっくりと顔を上げた。
その視線が僕を捉えると、ふわりと柔らかな笑顔が浮かぶ。
「おっ、朝陽くん。電車間に合ったみたいだね」
「う、うん!ごめん、待った?」
息を切らしながら尋ねると、彼は何でもないことのように首を横に振った。
「いいや、俺もいま来たとこ」
岬くんらしい、シンプルな答え。
その一言が、僕の緊張をふっと解いてくれる。
僕は思わず頰を緩める。
彼の言葉はいつも、僕の心を穏やかにしてくれる魔法のようだ。
いつもみたいに、当たり前みたいに優しい声。
その声を聞くだけでも僕の心は満たされていく。
それにしたって、岬くんは今日もかっこいい。
彼のサラサラとした黒髪は、光を受けて艶やかに輝いているし
首からかけてあるいかにもブランド物っぽいシルバーのネックレスも
白いTシャツに映えて、かっこいい岬くんにすごく似合っていて、目が離せない。
彼の全てが、僕の視線を釘付けにする。
「みさきくん…今日もかっこいいね…」
素直な気持ちが口からこぼれ落ちる。
すると岬くんは少し驚いたように目を丸くし、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「ほんと?うれし~、朝陽くんもその服似合ってるね」
「えへへ…っ」
褒め言葉に照れて、僕は俯いてしまう。
すると、彼の視線が僕の髪に注がれる。
「って、朝陽くんってば、まーた髪ハネてる」
そう言って、何でもないことみたいに、彼の指先が僕の髪をそっと撫でてきた。
その温かい感触に、僕の心臓はばくん、と大きく跳ねる。
距離の近さに未だ慣れなくて、心臓がばくん、って鳴る。
彼の指が髪を梳くたびに、全身に電流が走るような感覚に襲われる。
「あ、う……っ、ご、ごめん」
どもりながら謝ると、彼は楽しそうに笑った。
「朝陽くんって、なんか猫っ毛っぽいよね」
そう言って岬くんが僕の髪をくしゃっと撫でた。
その優しい手つきに、僕はもうそれだけで頭がいっぱいで何も言えなくなる。
彼の指先が触れるたびに、僕の頬は熱を帯びていくのを感じた。
少しして手が離れると
「よし、これで完璧」
なんて、当たり前みたいに優しい声をかけてくる。
その声は、僕の心をさらに締め付ける。
(そんな、さらっと……)
ほんとに、ほんとにずるい。
僕の心をこんなにも簡単に揺さぶるなんて。
今日は記念すべき(?)5回目のデート
僕たちは付き合ってから、もう3ヶ月くらい経つのに
まだ恋人繋ぎもろくにできず、キスもしてない。
その事実に、僕は少しだけ焦りを感じていた。
でも、だからこそ今日は一歩前進したいと思っている。
この関係を、もっと深めたい。
『岬くんと恋人繋ぎをする!(※僕から)』
なんて目標を心の中で掲げて、僕はきゅっと拳を握りしめた。
「じゃ、遊園地のチケット予約してあるから、行こっか」
岬くんが僕の顔を覗き込み、楽しそうに提案する。
「う、うんっ!」
僕は力強く頷き、彼の隣を歩き出した。
◆◇◆◇
遊園地に着くと、まず目に飛び込んできたのは、高く聳えるジェットコースターのレールだった。
その上を、絶叫を上げながら小さな車両が駆け抜けていく。
岬くんが差し出したチケットを自動改札にかざし
僕たちはゲートをくぐった。ゲートを抜けた瞬間
まるで別世界に足を踏み入れたような感覚に包まれる。
日曜日ということもあって、園内はすでに多くの人で賑わっている。
色とりどりの風船を持った子供たち
楽しそうに笑い合うカップル
そして遠くから聞こえるアトラクションの歓声。
ポップコーンの甘い香りが風に乗って漂ってくる。
その全てが、僕の心を浮き立たせた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声を上げると、岬くんが僕の顔を覗き込む。
彼の瞳には、僕と同じくらいの期待が宿っているように見えた。
「朝陽くん、遊園地久しぶり?」
「うん、高校生になってからは初めてかも。それに、あの頃もろくにアトラクション乗れなくて保健の先生とかに付き添ってもらってたし…」
少し寂しそうに言うと、岬くんは優しく頷いた。
「やっぱ発作があると、ね」
「うん。みさきくんは遊園地とかいつぶりなの?」
「俺?俺は高2以来かも」
そう言って、岬くんは少し懐かしそうな顔をした。
遠い記憶を辿るようなその表情も、僕にとっては新鮮で
また一つ岬くんの知らない顔を見れた気がして嬉しくなる。
彼の過去の一部を垣間見れたような気がして、胸の奥が温かくなった。
「それはそうとさ、朝陽くんから遊園地行きたいって言われたときはびっくりしたんだけど、今はまだ体調大丈夫?」