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第三章:信じるには遠すぎて
戦争の合間に訪れた、小さな停戦。
双方の軍が武器を下ろし、一時的な撤退を命じられる。
天界では、水が空を見上げていた。
「……今日は、剣を交えなくても済んだ」
彼の手元には、あのとき赤が残していった布の切れ端。
赤のマントの端が、戦場の風に舞い、偶然水の元へと届いたのだ。
「……会いたいな」
独り言のように呟いた声に、背後から青が現れる。
「お前、赤い悪魔に惚れとるってウワサ、ほんまなんか?」
「青君……その話、どこから?」
「白からや。そらもう心配しとったで。……ま、俺はええと思うけどな」
水は目を見開いた。
「……え?」
「ワケの分からん世界や、信じるもんぐらい、自分で選ばんと生きられへんやろ」
水の表情がゆるむ。
「ありがとう、青君」
「でも言うとくけどな、あいつは戦場の獣や。噛まれて血出しても泣かんようにな」
「……うん。僕は……噛まれても、そばにいたい」
一方、魔界では赤が、崖の上から天界の光を見下ろしていた。
「……なんで俺は、あいつのことばっか考えてんだろうな」
近づいてきたのは、桃だった。
「アニキに呼ばれてるぜ。次の作戦会議だ」
「ああ、あとで行く」
桃は赤の横に立ち、同じ空を見上げた。
「天使はね……あんま信じたくない存在だよ。俺たちにとっちゃ、あいつらは“光”で、“毒”なんだ」
「毒でも……綺麗なものもある」
「……はぁ?」
「水の目は、透き通ってた。剣で斬り合いながら……“俺を殺したくない”って目してた」
「……あいつ、そんな目するのかよ」
「ああ。だから……信じたいんだ」
桃は口を閉じた。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟く。
「赤が信じるなら……俺は止めない。でも裏切られたら、そんときは俺がそいつを殺す」
「構わないよ。……それぐらいの覚悟で、惚れてる」
その夜。
誰もいない戦場の中心、静まり返った谷で。
二人は、また“偶然”出会った。
「……水」
「赤」
夜の闇に、天使と悪魔の影が溶ける。
「今日、戦闘なかったから……来るんじゃないかって、思ってた」
「お前もか」
互いに笑う。
敵であるはずの存在と、こんなにも自然に言葉を交わせる日が来るとは、思っていなかった。
「僕は……赤に会えてよかったって、思ってるよ」
「俺も、だ」
そう言って、赤はそっと手を伸ばす。
でも、触れる寸前でその手を止めた。
「……触れていいのか? “天使”に」
水は、そっと自分の手を赤の上に重ねた。
「“僕”には、触れていい」
ほんの一瞬、世界から戦争が消えたようだった。
でも――その静けさを破ったのは、遠くからの号砲。
天界の緊急招集の合図だった。
水は顔を上げる。
「……また、戦争が始まる」
「そうみてぇだな」
別れの言葉もないまま、ふたりは背を向ける。
信じたくて、近づいて、手を伸ばして。
それでもまだ、信じるには遠すぎて。