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だけど、宗親さんは何かご不満があるみたい。
「あれは僕がキミを達かせた後だったでしょう?」
私をどこか寂しげな瞳で見下ろしていらっしゃると、宗親さんは不意に私に覆いかぶさるようにして、耳に吐息を吹き込むみたいに低音ボイスでささやいてくる。
「僕は……自然体のままの春凪の裸が見たいんです」
言って私の耳朶にチュッと口付けを落とすと、どこか切なげな……それでいてとても真剣な顔で、再度私を見下ろすの。
「しっ、自然体って……どういう……」
宗親さんが何をおっしゃりたいのか分かっていて……それでも私は問わずにはいられない。
だってそんなの……了承するわけにはいかないんだもの。
なのに。
「ココが……勃っていない時」
ソワソワと視線を彷徨わせる私の胸の膨らみを、指先でそっと掠めるように撫でて、宗親さんがそうおっしゃった。
私は宗親さんの言葉に何も言えずに瞳を見開く。
***
「だからお願い、春凪。今すぐ脱いで、僕にキミの全てをさらけ出して?」
「…………そっ、そんなのっ、む、む、む、無理に決まってますっ!」
とんでもないお願い事をしてくる宗親さんに、やっとの思いでそう言ったら、「何故?」と問いかけていらして。
何故も何も分かってるじゃないですかっ。
「あ、貴方を……萎えさせる自信があるからですっ」
言ってて自分でも情けなくなって、泣きそうになった私に、宗親さんは大きな吐息を落とされた。
「春凪は僕のことを本当に分かっていませんね」
ゆるゆると私の前髪に愛おしそうに触れながら、宗親さんが悲しそうな顔をする。
「先ほど申し上げたはずです。僕はどんなキミでも受け入れて愛せる自信がある、と」
言うと同時に宗親さんに優しく口付けられて、私は身体に熱が灯るのを感じた。
「んっ……ぁ」
口付けを解いた宗親さんが、熱に浮かされてトロンとなった意志薄弱で根性なしの私をじっと見つめてくる。
「どうして春凪は、いつまでもキミを裏切った男の言葉ばかりに囚われているの? 何故いま一緒にいる僕のことを信じようとしないの?」
「そ、それは……」
――宗親さんが……私のことを好きじゃない、から。
少なくともこうちゃんは私のことを好きだと言ってくれていた。宗親さんとはそこのところが根本的に違うのです。
私が宗親さんのことを好きな気持ちは、こうちゃんの時とは違って一方通行で……。
こうちゃんのは一応そうじゃなかったから……あんなだったけど相互関係があるように思えてて。
だから宗親さんの優しい言葉は全て偽装夫としての義務に聞こえてしまうんです。
(本心からそう思われているのなら、心の底から嬉しいって思えるのに!)
(宗親さんのこと、信じられるのに!)
(こうちゃんのひどい言葉なんてあっという間に上書き出来ちゃえるのに!)
そんな風に思ってるだなんて、烏滸がましくて言えるわけないっ。
(宗親さん、それでも私は貴方のことが大好きです……)
言えない言葉に押しつぶされそうになりながら、涙目で宗親さんを見上げたら、言いたいことの半分も言葉をつむげない役立たずの唇を、彼が愛おしげに指の腹でそっと撫でた。
(宗親さんのバカぁ! そんな風に優しく触れられたら、もしかして愛されてる?って勘違いしたくなるじゃないっ!)
言えないって諦めたばかりなのに。
「――それは?」
言い掛けた言葉の先をやんわりと促されて、宗親さんの優しさに絆されまくりの私は、つい本音を言いそうになってしまう。
「……だって……宗親さんがっ」
そこまで言って、宗親さんに「僕?」とつぶやかれたのを聞いたら、言えない!って気持ちが優勢になって、私、慌てて唇を噛み締めて言葉を呑み込んだ。
「ダメですよ、春凪。そんなに強く噛んだら、唇が切れてしまう」
途端宗親さんにそう諌められて、唇に触れていた指を口中に差し込まれる。
そうされてもなお、私は唇を引き結んだ力を緩めることが出来なくて――。
そこまでくると、さすがにおかしいと思われたんだろうな。
宗親さんが小さく吐息を落としてから、
「……ねぇ春凪。それはそんなに言いにくいことなの? ――えっと、よく分からないんだけど……キミが僕を信じられない理由が〝僕にあるから〟って思ったんで合ってる?」
言葉とともにじっと目を見詰められて、私は苦しくて切なくて泣きそうになった。
だって……そうだけどそうじゃなかったから。
私が勝手に宗親さんを好きになって、宗親さんからも愛されたいって求めて悶々としてるだけ。
宗親さんはちっとも悪くない。
(これじゃあまるで、宗親さんに責任転嫁してゴネてるだけの駄々っ子だよ)
こんな面倒くさい契約結婚の相手、私だったら捨てたくなる!
「ヤダ……。宗親さん、お願っ、捨てない、で……」
無意識にそんなことをつぶやいて、私は宗親さんから伸ばされた腕に必死にしがみついた。
宗親さんは一瞬驚いたような顔をなさってから、
「春凪。どうしたの? 僕は絶対にキミのことを捨てたりなんてしませんから。大丈夫だから……。ね? 落ち着いて?」
私をそっとベッドから抱き起こすと、ふわりと優しく腕の中に閉じ込めて下さった。
しばらくそのまま宗親さんの腕の中で彼の温もりに包まれて気持ちを落ち着けた私は、抱きしめられたまま小さく身動ぐと、彼からそっと距離をあけて自らのパジャマのボタンに手を掛ける。
「――春凪?」
そんな私を、宗親さんが戸惑いに揺れる瞳で見詰めてきて。
「……今日は私のこと、抱いて、……くださるんでしょう?」
私は薄らと涙に潤んだ視界のまま、宗親さんのお顔を見上げてそう問いかけた。
愛想を尽かされてしまうくらいなら、宗親さんの望みをひとつでも沢山叶えて彼を満足させた方が何倍もマシ。
そんな思いで一杯で。
宗親さんだってそのつもりで早々に上を脱ぎ捨てていらっしゃるんだもの。
抱きしめられた時、無意識に回した宗親さんの背中、冷たかった。
このままでいたら、彼に風邪をひかせてしまう。
だから私、覚悟を決めたの。
宗親さんならきっと。
本心はどうあれ、こうちゃんみたいに萎えるとかあからさまに私を陥れたりしないで、傷付くことがないよう上手く誤魔化してくださるはず。
私は宗親さんの演技力を信じて、身を委ねることにした。
***
「春凪、手が震えてるけど……キミは本当にそれでいいの?」
モタモタとつっかえながらパジャマのボタンに苦戦していた私の手を、不意うちのようにギュッと掴んで、宗親さんがそう問いかけてきて。
私はビクッと身体を跳ねさせて固まった。
「今更そんな……。いいも何もないですよ。逆にここまでしたのに何もして頂けなかったら……。私、きっと自信喪失で今後一切……そ、それこそ一生っ! 宗親さんとはそういうこと出来なくなっちゃうと思います」
――お願い、宗親さん。私の覚悟を鈍らせないで?
心の中で必死に懇願しながらも、表面上はおちゃらけてみせた私に、宗親さんが小さく吐息を落とされた。
「……一生出来なくなるのは困ります。でも」
そこで私のあごをすくい上げるようにして顔を上向かせると、宗親さんは私の嘘を見逃すまいとでもするみたいに、じっと目を見つめてくる。
「もしも春凪にその気がないのに義務感から無理をさせてしまっているのだとしたら……そんなキミを抱くのは僕の本意じゃないというのも理解しておいて欲しいですね」
私は宗親さんの真剣な眼差しに一瞬怯みそうになって。でもここで目をそらしたらダメだって思い直した。